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雄大編
2
しおりを挟む俺とカナデは電話で軽い口論になり、最終的には逆ギレしたカナデが『じゃ、別れるわ』と言って通話は終わった。直後にカナデは俺をブロックしたようで、あれから一切カナデと連絡が付かない。
ただ、カナデが別れると吐き捨てたのは嘘ではなかったらしい。
俺との電話を切ったあと、カナデから柚樹へふざけた別れのメッセージが送られて来た。それから柚樹はずっと泣き続けている。雨で濡れた頬にぽろぽろと涙が伝う様子はいっそう憐れだ。
どうしたもんかな……
周りからのちらちらと向けられる視線に気付かないふりをしながら、俺はため息を呑み込む。
これ、俺のせいか? でも元はと言えばカナデがクズなせいだし、そんなクズのカナデと付き合っているこの男の趣味が悪いせいじゃないか?
……なんてそんな責任転嫁をしても、俺の電話がきっかけで柚樹がフラれたことは変わらない。
俺は頭をかきながら柚樹に声をかけた。
「……悪かったよ。カナデのやってることがどうあれ、俺が首を突っ込むことじゃなかった」
「う、う……」
「……君、家はどこ? この近くなら送っていくよ。このままじゃ本当に風邪引いちゃうだろ?」
俺が宥めるように優しく話しかけると、柚樹はひっくひっくと泣きじゃくりながらも、自身の住んでいる大まかな住所を教えてくれた。
しかし、かなり遠い。これだけ濡れていたらタクシーに乗るのは嫌がられるだろうし、電車で帰るにしても一時間以上かかるだろう。
なんでこんな遠くで待ち合わせしてんだ……あ、レストランがどうとか言ってたからそれでか……
遠い目をしながら、俺は頭を悩ませる。
このまま放置して帰るか? ……いやいやそれはさすがにクズすぎる。
なら、いったん近くのホテルにでも……いや、こんな十代に見える男子大学生とホテルに行くとかダメだろ。会社の人間に見られたらどんな噂を立てられるか。
ああでもない、こうでもないと悩みに悩んだ末──俺はひとつの決断をする。
「あのさ、良かったら俺の家来る?」
「えっ……?」
柚樹がパッと顔を上げて俺を見る。驚き過ぎて一瞬で涙も止まったようだった。
「あー、一応言っとくけど、別にやましい気持ちとかないからな? このまま君のこと置いて帰るのも夢見が悪いから、せめてシャワーと着替えとか貸したいだけ。もちろん、君が嫌なら無理にとは言わないけど」
「いえ、そんな……っ、くしゅん!」
俺の言葉に首を横に振ろうとした柚樹が、大きなくしゃみをした。ぶるっと体を震わせ、寒そうに体を縮こませる。
まあ寒そうというか、実際寒いのだろう。今は三月になったばかりで、昼はともかく夜はまだ寒い。少し濡れただけの俺の肩もじっとりと冷えていた。
なんか、さっさと家に帰りたくなってきた。
俺は早口で柚樹に尋ねる。
「で、どうする? 家来る?」
「…………」
「嫌なら俺も別にいいんだけどさ。でもその格好じゃタクシー乗れないだろうし、電車でも一時間以上かかるだろ? 君が良かったら、俺の厚意……というか、お節介に甘えてほしいんだけど」
柚樹はおろおろと視線を彷徨わせたあと、なぜか泣きそうな顔で俺を見上げた。
「……嫌というわけではないです……でも、ご迷惑じゃ……」
「いや、大丈夫。ひとり暮らしだし」
運良く今は付き合っている彼女もいない。いや、彼女がいたところで、知らない男を家に連れ込んだくらいで目くじらを立てられることもないだろうが。
「じゃ、とりあえず来る?」
俺が軽い調子で問いかけると、柚樹は体を小さくしておずおずと頷いた。
「あ、あの……お風呂ありがとうございました……」
「おー、服のサイズ大丈夫そう?」
「ちょっと大きいけど、大丈夫です」
俺が着られなくなったサイズの服だが、小柄で痩せている柚樹にはそれでも大きいらしい。全体的にダボっとしていた。
シャワーを浴びてリビングにやってきた柚樹はその場に立ち尽くしておろおろしている。
「あ、あの……僕の服……」
「ああ、今洗濯してるから」
「……えっ、洗濯……?」
「あ、しないほうが良かった? 雨でぐちょぐちょだったから、洗ってから乾燥させた方が良いと思ったんだけど」
「あ、ありがとうございます……」
柚樹はぺこりと頭を下げた。
もしかすると、シャワーだけ浴びたら帰るつもりだったのかもしれない。でも、それだとあとで服返してもらうの面倒くせぇしな。
俺はソファから立ち上がり、キッチンへと向かった。
「適当に座って。コーヒー飲める?」
「は、はい……あの、お気遣いなく……」
「いいからいいから」
言って、ふたり分のコーヒーを用意した。それと一緒に角砂糖の入れ物とコーヒーミルクも片手に持って、リビングへと戻る。
柚樹はふたりがけのソファの端っこに居心地悪そうに座っていた。そのソファと床くらいしか座る場所がないので、俺は柚樹の隣に腰を下ろす。
「ほら」
「あ、ありがとうございます……」
柚樹はコーヒーに角砂糖とミルクをひとつずつ入れてから、ゆっくりと口を付けた。
シャワーを浴びてすっきりしたのか、先ほどよりは幾分か落ち着いているように見える。
柚樹がマグカップを向かいのローテーブルに置いたのを見届けてから、俺は改めて謝罪の言葉を口にした。
「ほんと悪かったな。余計なことして」
「いえ……僕も、本当は離れなきゃってわかってはいるので……」
俯いて、柚樹は悲しげに微笑む。
なんとも言えない気分になりながら、俺はずっと気になっていたことを問いかけた。
「カナデみたいなやつのどこが良いの?」
カナデは確かに顔は良いし、コミュ力も高いし、モテる男だとは思う。
けれど、あんな酷い目にあってもまだ泣くほどカナデのことが好きだなんて、俺には信じられない。洗脳とか依存とか、もうそういう領域だろ、これ。
俺が柚樹の返答を辛抱強く待っていると、柚樹はぽつりと言った。
「カナデ君は、僕のことを助けてくれたんです」
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