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カナデ編
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もう顔も朧げな祖父の十三回忌。
久しぶりに訪れた父の実家には、すでに親戚が揃っていた。「遅い」という姉の小言を無視して座敷に腰を下ろすと、五分もしないうちに僧侶がやってきて、退屈な読経を聞き流す時間がはじまる。
俺は視線だけ動かして、少し離れたところで俺と同じように退屈そうにしている雄大を見つめた。
俺よりも二つか三つ年上のはずだから、今は二十七、八といったところだろうか。相変わらず、憎たらしいほど見目の良い男だった。
雄大とはあの日から、顔を合わせるどころか連絡も取っていなかった。別に俺が避けていたわけではない。ただ、あんなことをされて普通に連絡する気にはなれなかったし、もともと俺たちが親戚の集まりに参加する頻度だって多くはなかった。
──なにはともあれ、これが約五年ぶりの望まぬ再会なわけだ。
「ねぇ、雄大君って付き合ってるひといるの?」
「あ?」
「だってほら見て、左手の薬指」
姉から囁かれた言葉に眉をひそめ、向こうのテーブルで飯を食っている雄大の手元に視線をやる。
雄大の左手の薬指には、シンプルな銀色の指輪がはめられていた。未婚の男がその場所に指輪をする意味なんて、数えられるほどしかないだろう。
「前会ったときは指輪なんてつけてなかったと思うけど、雄大君にもそろそろ結婚考えてる相手とかいるのかな」
「……さぁ」
「さぁ……って、あんたたち昔は仲良かったじゃない」
姉の言葉を鼻で笑う。
親戚連中は皆そう思っていたのだろうが、実際俺たちは仲が良くなんてなかった。年が近かったからたまたま連んでいただけで、内心俺は雄大を嫌っていた。それはきっと雄大も同じだろう。
俺たちはずっと互いを見下しあっていたのだ。
──でなければあの日、あんなことは起きなかっただろう。
ふと頭に浮かんだ考えに、自嘲的な笑みが浮かぶ。隣の姉からの視線を無視して、目の前の飯を淡々と口に運んだ。
姉はきょとんとした目で俺を窺う。
「なに、ケンカでもしたの?」
「そんなんじゃねぇよ」
「もう大人なんだからちゃんと謝りなさいよ。どうせあんたが悪いんだから」
決め付けたような姉の口振りに腹が立つ。
五年前、雄大に男の恋人を寝取られたのだ──とこの場で打ち明けたら、この馬鹿な姉はいったいどんな顔をするだろう。
一瞬そんな考えが頭をよぎったものの、俺にそれを実行するほどの激情はなかった。
そもそも俺は、柚樹を雄大に寝取られたことに対してさほど怒ってもいないのだ。
恋人を寝取られたのだと言葉にすれば悲劇的だが、俺にとって柚樹は恋人という名のおもちゃだった。
あってもなくてもどうでも良い、気が向いたときにだけ遊んでいたぼろぼろのおもちゃ。それを雄大に横取りされたからといって、五年も怒りが持続するはずはない。
……けれど、なにも思うところがないわけでもなかった。
煙草を手に持った雄大が席を立ち、広間を出ていった。それを見た俺も立ち上がり、中庭が見える縁側へと向かう。
仲違いする前は、面倒な老人たちの相手が嫌でよくふたりでそこにいた。雄大がいけすかなくても、年寄りの説教を聞くよりはまだましだったのだ。
「よう」
俺が声をかけても、雄大に驚いたような様子はなかった。ちらりと俺に目をやって、また平然と煙草を燻らせている。まるで、俺がここにやってくるのをわかっていたかのようだ。
俺はふたり分の距離をあけ、雄大の隣に腰を下ろした。
昔のように世間話をするトーンで話しかける。
「結婚すんの?」
「は?」
「左手の薬指に指輪してんじゃん」
指摘すると、雄大はちらりと自身の左手を見下ろしてから、わずかに唇を歪めて笑った。
「しねぇよ。つうか、相手男だから結婚とか出来ねぇし」
「……はっ? まさかまだあいつと付き合ってんの?」
目を見開いて雄大を凝視した。
この優秀で見目の良い男が、あの平凡で地味な眼鏡男とまだ続いているなんてありえない。あの日送られてきた動画での行為だってただの俺への当て付けで、ふたりの関係なんてあの夜限りのものだと思っていたのに。
俺の驚きをよそに、雄大は少し照れくさそうに笑う。
「あんなに好き好き言って尽くされたら、かわいくて手放せねぇだろ」
「きっしょ……」
「なんとでも言え」
煙草を吸い終えたらしい雄大は携帯灰皿に煙草を押し付けながら、冷めた目で俺を見る。
「言っとくけど、謝る気とかねぇから。悪いことしたと思ってないし」
「……俺だって別に、謝って欲しいなんて思ってねぇよ。あいつのこと本気で好きだったわけでもねぇし」
「あっそ」
話は終わりとばかりに雄大は立ち上がり、俺の背後を通り過ぎて広間へと続く廊下を歩いていく。
「──なあ」
雄大の背中にかけた声が自分で思っていたよりもずっと大きくて、少しびっくりした。
足を止めてこちらを振り返った雄大は、不機嫌そうな顔で俺を見下ろす。
「なんだよ」
「いや……」
「あ?」
「…………なんでもない」
口をつぐんだ俺を雄大は訝しむように睨んでいたが、やがて興味を失ったように再び背を向けて歩き出した。
ひとり残された俺は、自嘲的な笑みを浮かべて項垂れる。
あいつのことどんな風に抱いてんの? と聞こうとしてやめた。
あれから五年、あの瞬間以上の興奮に出会えていないことを、雄大にだけはさとられたくなかった。
──『さよなら、カナデ君。大嫌い』
柚樹から告げられた最後の言葉が、そのときの泣きそうな笑みが、今もまだ脳裏にこびりついて離れない。
(カナデ編 終)
このあと雄大編がはじまります!
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