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カナデ編
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しおりを挟む女の家で一晩過ごしたあと、タクシーで自宅へと帰った。家の前で柚樹が泣きながら待っているのではないかと思ったがそんなことはなく、早朝のアパートは不気味なほどシンとしていた。
鍵を開けて中に入ると、ツンと不快な臭いが鼻を掠める。昨日柚樹に家の掃除もさせるつもりだったから、生ゴミなどが溜まったままなのだ。
「はぁ~、めんどくせぇ……」
独り言を呟きつつ、メッセージアプリの画面で柚樹のブロックを解除する。
そして、適当にメッセージを送った。
『おはよ~』
『お前が謝るなら許してやってもいいけど』
『どうする?』
いつもの柚樹なら起きている時間だが、果たして今日はどうだろう──そう思っていたところで、ポンと既読の表示がついた。
しかし、どれだけ待っても柚樹からの返信はない。
痺れを切らした俺は、再度メッセージを送る。
『柚樹?』
『謝んねぇの?』
『お前が謝んねぇならほんとに終わりだけど』
さらに追い打ちをかけたが、それでも返信はなかった。それどころか、今回からは既読さえも付かない。
──あ、これたぶんブロックされた。
察した瞬間、正直驚いた。あれだけ俺に依存していた柚樹がこんなにもあっさり俺を吹っ切るなんて予想外だ。
「柚樹のくせに、うざ……」
吐き捨てて、今度は雄大のブロックを解除する。
あの柚樹が俺との別れをすんなり受け入れるなんて、第三者の介入なしにはあり得ない。きっと、雄大が柚樹になにか吹き込んだのだろう。
『昨日柚樹になんか言った?』
雄大に尋ねると、すぐに既読が付いた。
直後、メッセージが送られてくる。
『お前に関係なくね?』
『もう柚樹と別れたんだろ?』
「は? なにこいつ……」
俺がまごついているうちに、さらに追い打ちをかけるように雄大からメッセージが送られてきた。
『別れたんなら、俺がもらってもいいよな』
「はっ……?」
引きつった声が喉からもれた。
それからすぐ、雄大から立て続けに動画が送られてくる。
一分ほどの短い動画が三本。
絶対に見てはいけない──直感で分かった。
なのに、俺の震える指は勝手に動いて、動画の再生ボタンを押した。押してしまった。
ずちゅずちゅと響く粘着質な水音と、耳慣れない媚びた男の嬌声。
スマホの画面に映し出されたのは、後背位で長大な男性器を呑み込む後孔の映像で、縁をめいっぱい広げたその孔を俺はよく知っている気がした。
『ンッ、あっ、あっ、雄大くんっ……は、あっ、あっ』
『すっげぇ奥まで入る……奥好き?』
『っ、すき、奥とんとんされるの、気持ちいい……っ』
『じゃあさ、俺とカナデのだったらどっちの方が良い? サイズは俺の方がデカいと思うけど』
『はっ、あ……雄大くんっ、雄大くんの方がカナデくんのより大きくてっ、ん、あっ、きもちいい……っ、雄大くんとのえっちの方がきもちいい……!』
『へぇ、カナデのちんぽより俺のちんぽの方が好きなんだ?』
『んっ、好き……雄大くんのちんぽのほうがすきっ……あっ、ん、んっ』
頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。真っ白に塗り潰されていく。
先ほどの嬌声が、自身への侮辱が、何度も耳の奥で繰り返される。
不快でたまらないはずなのに、その結合部から目が逸らせない。それどころか、俺の指は次の動画の再生ボタンをタップしていた。
二本目の動画も、粘着質な水音と甘ったるい男の嬌声が響いていることに変わりはなかった。
しかし、今回はアングルが違う。
体位は正常位で、結合部は映っていない。代わりに、ほのかに赤らんだ柚樹の上半身と、快感にとろけた情けない顔面が映し出されている。
俺の知らない柚樹の表情だった。俺に抱かれているときの柚樹は、苦しそうに目をギュッと閉じているばかりだったから。
柚樹の体が上下に揺れるたび、柚樹の口から気持ちよさそうな喘ぎ声がこぼれる。眼鏡が斜めにずれていることも、今はどうでもいいようだった。
『ん、は……ひっ! あ、あっ……!』
『……ナカすげぇ痙攣してるけど、もしかしてメスイキしてんの?』
『うっ、あ、わ、わかんな、あっ、ひっ』
『ナカでイクの初めて? カナデとやってたときはイッたことないの?』
『っ、な、ないっ、雄大くんが初めて……!』
『えー、マジうれしい。……これガチで責任取らなきゃダメなやつか……?』
『あっ、あっ、雄大くんっ、好きっ、好きっ……!』
『……ま、かわいいからいいか。俺も好きだよ、柚樹』
柚樹の顔がうっとりとこちらを見る。
しかし、その目に映っているのは俺ではない。柚樹はうれしそうに『雄大くん、好き』と何度も繰り返していた。
頭が熱くて、くらくらする。
今まで経験したことのない感覚に戸惑い、心臓がバクバクと高鳴っていた。
震える指で、最後の動画を再生する。
ベッドの上で柚樹が大きく胸を上下させながら呼吸を整えていた。どうやらセックスは終わったらしい。
手前から腕が伸びてきて、柚樹の黒髪を優しく撫でる。
『これもカナデに送るけど、最後に伝えたいことある?』
柚樹の瞳がちらりとこちらを見る。
先ほどのとろけきった瞳とも、普段の怯えたような瞳とも違う、静かな瞳だった。
『カナデ君、好きだったよ。好きで、好きで……ずっと苦しかった。もう無理だって、意味ないってわかってたのにやめられなくて……でも、今日やっとやめられたんだ』
柚樹が顔をくしゃっとさせて笑う。
俺に告白してきたときの、あのキモい泣きそうな笑顔に少し似ていた。
『さよなら、カナデ君。大嫌い』
動画が終わった瞬間、俺はスマホを床に叩き付けていた。
はあはあと荒い呼吸がとまらない。息苦しくて体をくの字に折ったあと、そのままずるずると床に座り込んだ。
頭の奥が熱い。まるで脳みそが焼けているようだった。
いったいなにが起こっているんだろう。
怒りも、敗北感もある。
けれど、俺の頭の中で暴れ回るそれがなんなのかがわからない。ただ、先ほどの映像を、音声を思い出すたび、体中をぞくぞくとしたなにかが駆け巡るのだ。
そして、熱い吐息をこぼしながら視線を下に向けた瞬間──俺はあることに気付く。
スラックスの股の部分が張り詰め、窮屈そうに布地を押し上げていた。それどころか、指一本も触れていないにも関わらずそこはビクッ、ビクッと小刻みに震え、下着の中を濡らしている。
なぜ今まで気付かなかったのか。ぐちゅりと濡れた下着が肌に張り付く不快感に、俺は唖然とする。
こんなのありえない。そう思うのに、下着の中の性器はなおも精を吐き続けていた。
「……はっ、きっしょ……」
吐き捨てた言葉はかすかに震えていた。
その震えが怯えから生まれたものなのか、はたまた興奮から生まれたものなのか──
答えなんて、誰に聞かなくても自分が一番よくわかっていた。それこそ、惨めなほどに。
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