NTRハッピーエンド

リツカ

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カナデ編

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 高校の卒業式の日、同じクラスの男に告白された。しかも、一回も話したことないような、眼鏡をかけた地味なやつ。
 下の名前もわからないそいつ──小森は、真っ赤な顔で震えながら俺の返事を待っている。なんとなく良い返事を少し期待してそうなとこがかなりキモい。
 でも、ちょっとだけ面白そうだと思ったのも事実だ。大学に入学する前に、新しい刺激が欲しかったのかもしれない。だから──

「俺、男同士で付き合うとかよくわかんねぇけど、それでもいいならいいよ」
「……え?」
「付き合ってやってもいいよ、ってこと」
「え、あ……あ、ありがとう……っ!」

 小森が真っ赤な顔をくしゃっとさせて、うれしそうに笑った。感極まっているのか、ちょっと涙ぐんでいる。
 やっぱりキモいなと思ったけど、さほど悪い気はしなかった。








「なあ、いちいちどうでもいいことで連絡しないでくれる? そういうのダルい」
「ご、ごめん……今度から気を付けるね……」
「というか、そっちから連絡して来ないで。俺が暇なときとかヤリたいときにだけこっちから連絡するから」
「……うん、わかった」



「あーもー、慣らすのめんどい……次から自分で穴解してから来てくんない? 女だったらすぐ突っ込めるのに、いちいちお前のために時間使わなきゃいけないのイラつくんだよね」
「……ごめん。次からはそうするね……」



「はあ? 女と遊ぶなとかありえねぇだろ。こっちはお前が付き合ってっていうから付き合ってやってるんだけど。束縛してくるの、マジでうざい」
「だ、だってっ……女のひととホテル行くのって、浮気だよね……? なんで浮気するの……?」
「なんでって、鏡で自分の顔見て来いよ。お情けで付き合ってもらってる分際でよくそんな偉そうなこと言えるな。……あー、もういいわ。そんなに言うなら別れよ。だるい」
「っ……ご、ごめんなさい! もう面倒なこと言わないから、全部カナデ君のいう通りにするから、だから捨てないで!」
「捨てないでじゃねぇだろ。ひとにお願いするときはちゃんと敬語で頭下げろよ」
「……全部カナデ君のいう通りにするから、捨てないでください……」







「……お前、最低だな」
「そう?」

 向かいから注がれる軽蔑の視線を無視して、フォークに巻きつけたパスタを口に運ぶ。
 新商品のエビのトマトクリームパスタに目を引かれて注文したが、ハズレだったかもしれない。味がくどい。
 口直しにドリンクバーの炭酸ジュースを飲んでいると、今度は向かいから「はぁ……」と呆れたようなため息が聞こえてきた。

「お前、そんな酷い話をよく得意げに話せるよな……マジで気持ち悪りぃんだけど……」
「あー、ごめん。雄大君ゲイの話とか苦手だったっけ?」
「そっちじゃねぇよ。お前が付き合ってる男を弄んで追い詰めてんのに引いてんだよ……言っとくけど、お前のやってることって精神的DVだからな」
「精神的DV、ねぇ……」

 呟きながら、フォークの先でトマトクリームまみれのエビをつつく。

「でもさぁ、なら別れれば良くない? 俺は別れても良いって言ってんだから、嫌なら自分から離れていくでしょ、普通。それをしないってことは、あっちは別に嫌がってないんだよ。俺のこと好きだから」
「だから、その正常な判断ができなくなるくらいお前が追い詰めてるってことだろ……んな真似やめろよ……お前ひとの心とかないの?」
「ひとの心ねぇ……あいつと付き合ってあげてるだけで、俺って十分優しいと思うけど」

 テーブルの上に置いていたスマートフォンに手を伸ばす。そして、画面にとある画像を表示させ、それを向かいの従兄弟──雄大へと見せた。

「俺が付き合ってんの、この地味な眼鏡君だよ? 付き合ってあげてるだけで寛大じゃない?」
「……だから、そういう見下した態度取るなら最初から付き合うなって言ってんだよ、こっちは……あー、お前と話してると頭おかしくなりそう」

 頭を抱えた雄大が眉をしかめて再び大きくため息を吐く。雄大の前に置かれたチーズハンバーグもライスも、すっかり冷め切っているようだった。

「全然関係ないけどさ、雄大君こういうお店でご飯食べるとき、いつもチーズハンバーグ頼むよね。飽きない?」
「……別に。好きだし。毎日チーズハンバーグでもいい」
「はー……俺そういうの無理。飯も、セックスも、色々楽しみたいもん」

 付き合ってるからってひとりに絞るなんて馬鹿げてる。毎日同じものを食べてたら飽きるのと同じように、毎日同じ相手とセックスしたら飽きるに決まってる。
 小森──柚樹ゆずきみたいな地味な男が相手なら尚更だ。俺はあいつひとりで満足するような男に成り下がる気はなかった。

 雄大に見せていたスマートフォンを再び自分の手元に戻し、表示させた画像を静かに見下ろす。
 一度も染めたことがなさそうな黒い髪。シルバーフレームの眼鏡。気弱そうな笑顔。スタイルが悪いわけでもないのにどこか野暮ったい服装。
 世間一般のひとが想像するであろう『垢抜けない地味な青年』の姿がそこにはあった。

 ……俺、よくこいつと付き合おうと思ったな。
 ほんと、あの日の自分に感心する。

「……ま、具合は結構良いんだよな。ハメ撮りもあるけど見る?」
「見ない。つうか飯食ってるときにそういう話すんな」
「はーい」

 おどけて言って、食事を再開する。
 雄大もようやくチーズハンバーグに手をつけだしたようだった。

 雄大と会うのは約二年ぶりだ。就職を機に、今年の春からこっちに引っ越してきたのだという。

 従兄弟だが、昔からさほど仲は良くなかった。いや、俺が一方的に雄大を敵対視しているだけなのだろうか。
 雄大はいうなれば、俺の上位互換だった。俺だってかなり容姿に恵まれている方だが、雄大はさらにその上をいく。高い身長も、整った顔立ちも、頭の出来も、俺より少し良い。俺と雄大の顔の作りはよく似ているが、並んで立つとみな雄大に目を引かれていた。

 自分より優れていて、おまけに説教くさいこの男が俺は嫌いだ。自分だって女遊びしてるくせに、偉そうなことばかり言うのが煩わしくてたまらない。
 先に食事を終えた俺は、にんまりと笑って雄大に囁く。

「ねぇ、3Pする?」
「……はぁ?」
「あいつ俺のこと大好きだからさ、俺と似た顔の雄大君だったら喜ぶと思うよ」
「……お前もう喋んな」

 雄大はギロリと俺を睨んで、大きな口にハンバーグを放り込む。どうやらさっさと食事を終えたいらしい。
 俺は笑いを堪えながら、空になったグラスを持ってドリンクバーのコーナーに向かった。
 数多くあるラインナップの中からアイスコーヒーのボタンを押して、グラスに黒い液体が注がれていくのを待つ。

 なんに関してだって俺は、多くある中から選ぶ側の人間でいたい。今までそうやって生きてきたし、これからもそうあるべきだとも思う。
 柚樹は俺に選ばれるのを待ってるが、そんなの俺には関係ない。付き合ってやっているが、俺は柚樹のものじゃないし、柚樹のものになる気もない。気が向いたときだけ恋人ごっこをしてやって、気が乗らなければ他の女と遊ぶだけだ。

 全部俺の気分次第。
 柚樹もそれでいいから捨てないでくれと泣くんだから、俺の言動になんの問題があるんだろう。

 席に戻ると、雄大の姿はなかった。代わりに、綺麗に完食された皿と、伝票の下にはさまれた数枚の札だけがテーブルに残されていた。
 俺は平然と席に座り、空になった向かいの席を眺めながらアイスコーヒーを飲む。
 あの余裕ぶった男を不愉快にさせたのだと思うと、心底気分が良かった。
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