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しおりを挟む──……それって、リョク君にとって俺が『どうでもいい客』じゃないってこと……?
光秋はひそかに息を呑んだ。
ルートの言いたいこともわからないではない。だが、もしルートの想像が的を射ていたとしたら……光秋にとってあまりにも都合が良すぎる。
光秋が戸惑っているうちに、胡乱な目をした秋也が再びビールを一口飲んだ。
「──……で、お前はそのリョクって男が実は光秋に惚れてるんじゃないか、って言いたいわけ?」
「そこまではわかんないけど、気に入ってるのは確かじゃない? 独占欲みたいなのもあるみたいだし」
「……ルートはこう言ってるけど、光秋としてはどうなんだ?」
「お、おれ??」
「もともとお前の話だろーが」
秋也に話を振られた光秋は、頭を悩ませながら唇をもごもごと動かす。
「どうだろ……そうだったらいいなぁとは思うけど、あくまでお客さんとして気に入ってくれてるだけのような気がする、かな……」
「だってよ」
秋也はルートに向かってふんと鼻を鳴らした。
おそらく秋也としては、リョクのような夜の店で働く男に光秋を特別視してほしくないのだろう。
ルートは神妙な顔で再び「なるほど」と呟いた。そして、光秋と目を合わせてさらりと言う。
「もし光秋さんが本気なら、試しに一回告白してみたらどうですか?」
「えっ!?」
「はっ!?」
──こ、こ、こくはく……!?
光秋と秋也は同時にぽかんと口を開けた。
ただの客である自分がリョクに告白するなんて、想像するだけで眩暈がしそうだ。
光秋が混乱している間に、秋也はスッと細めた目でルートを睨む。
「……ルート、お前なに馬鹿なこと言ってんだよ。夜の店で働いてる相手にそんなことしてもなんの意味もねぇだろ」
「でも、このままずるずる貢がされるよりは行動に移した方がよくない? 相手も光秋さんのこと好きだったら仕事辞めて本気で付き合ってくれるかもしれないし、そうじゃなくても相手のスタンスがわかるでしょ」
「お前の中で『実は両想い説』がそこそこ強いみたいだけど、その自信はどっから湧いて来んの?」
訝しむ秋也に向かって、ルートはあっけらかんと答える。
「だって、光秋さんはアキちゃんの双子のお兄さんだから」
「……は? なにその理由?」
「光秋さんの見た目ってアキちゃんに似てかっこいいし、性格も優しくて温厚でしょ? 一緒にいるうちに好きになっちゃってもおかしくないと思うんだよね。俺もアキちゃんのこと出会ってすぐ好きになっちゃってたし、会うたびどんどん好きな気持ちが大きくなって──」
「お、おいっ、光秋の前で突然なに言ってんだよ……!?」
秋也はルートの言葉を遮るように声を荒げた。頬を赤くして、らしくないほどあわあわしている。
光秋は向かいに並んで座るふたりを眺めながら、遠い目をした。
──なんかただのろけを見せつけられているだけのような気が……
というか、間違いなくそうだ。
片やレンタル彼氏にのめり込んでいる男と、片や付き合って三年以上たつ彼氏と同棲している男。どちらが幸せかなんて、言わずもがなである。
悔しいような、微笑ましいような、そんな気分で光秋がふたりを見つめていると、秋也は照れくさそうに目を泳がせて咳払いをした。そして、気恥ずかしさを誤魔化すように話を光秋へと戻す。
「光秋の場合は優しくて温厚というより、引っ込み思案で気が弱いだけだけどな」
「……もしかして俺、悪口言われてる?」
「言われたくねぇならもっとしゃんとしろ、しゃんと」
「しゃんとってなんだよ。リョク君に告白してみろってこと?」
「んなわけないだろ。告白を押してんのは俺じゃなくてルートだけだし。……ま、お前が告白してみたいならすればいいとは思うけど」
「べ、別に告白したいとかはないけど……」
──でも、リョク君と本物の恋人になれたらきっと幸せだろうなぁ……いや、今も十分幸せだけどね。リョク君と付き合うとか絶対無理なのはわかってるし。
光秋は夢みがちな自分に苦笑いをして、たこ焼き器に再び生地を注いでいく。
秋也に呆れられても、怒られても、光秋の気持ちは変わらない。リョクが好きで、今の不純な繋がりでも十分幸せだ。
きっと、もうこれ以上なんてない。
……そうわかっているくせに、ルートの話を聞いてかすかにリョクとの未来を期待している自分がいて、光秋は自嘲する。
──ほんと、ばかだよなぁ。
この恋は報われない。
それでも、リョクから離れるなんて今の光秋には無理だ。
幸せなだけの夢でも、まやかしでもいいから、リョクのことを好きでいたい。嘘でも、金目当てでもなんでもいいから、リョクから好きだと告げられたい。
光秋は息苦しい気分になりながら、たこ焼きピックで焼きかけのたこ焼きをくるくると回転させていく。
香ばしいだしの良い匂いが鼻腔をくすぐって、暗い気持ちがほんの少し紛れたような気がした。
「……おい待て。これ、具入れてなくね?」
「あっ……」
秋也からじとりと睨まれ、光秋は誤魔化すように「へへへ」と笑った。
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