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「はじめまして、リョクです」

 少し高めの、若々しい声だった。
 輝くようなその満面の笑みを見つめ、光秋は口を半開きにしたまま固まる。
 吐きそうなほどの緊張感と寝不足ゆえの倦怠感なんて、一瞬でどこかへと吹き飛んだ。光秋にとってそれくらい衝撃的な出会いだった。

 時間ぴったりに光秋のもとに現れたリョクは、ネットの宣材写真なんかよりもずっとかっこよかった。服装もおしゃれで、スタイルもいい。身長は長身の光秋とほぼ同じくらいだと思うが、足が長いせいかより高身長に見える。
 正直、今まで出会った誰よりも光秋の好みのタイプだ。理想が服を着て現れたと言っても過言ではない。

「……あの」
「っ……す、すみません。中へどうぞ」

 困惑したような声をかけられ、光秋はあわててリョクを自宅に招き入れた。

「とりあえず座ってもいいですか?」
「は、はい、どうぞ……」
「ありがとうございます」

 リョクがふたりがけのソファに座ったのを見て、光秋もおずおずとその隣に腰を下ろした。
 隣に座るなんてふてぶてしいかとも思ったが、ここ以外に座れるところが床しかないのだから仕方がない。

 その後、まず初めに行われたのは、軽い自己紹介とサービス内容についての大まかな説明だった。どうやら、新規のお客さんには最初に担当したキャストがする決まりらしい。ちなみに、この説明の時間はいわゆる『プレイ時間外』なので安心してほしいとも告げられた。
 一通りの説明を終えると、リョクは光秋と目を合わせてにこりと笑う。

「改めまして、ご指名ありがとうございます。お客さまのこと、みっちゃんってお呼びしてもよろしいですか?」
「え……み、みっちゃん……?」

 光秋は狼狽えた。
 サイトに登録した名前を『ミツ』にしたからだとはわかったが、光秋は『みっちゃん』と呼ばれるようなかわいい男ではない。しかも、こんなイケメンに。
 気恥ずかしくて光秋が口ごもっていると、不安そうな顔をしたリョクが首を傾げる。

「ダメですか?」
「ダメというか、その……」
「こういうのって雰囲気が大事なんで、名前の呼び方とかもなるべく恋人っぽくしたい方なんですよね、俺」
「そ、そうなんですか……」

 リョクの言葉に彼なりのプロ意識のようなものを感じて、光秋はなんとなく自分が恥ずかしくなった。そもそも相手は仕事で、その仕事を円滑に進めるための申し出を断るのも変な話だ。

「……じゃあ、それで大丈夫です」
「ありがとうございます」

 リョクがうれしそうに笑った。
 その顔が無邪気で、かわいくて、光秋の心臓がきゅんとする。

「じゃあ、時間になったらみっちゃんって呼ばせてもらいますね。あ、敬語とタメ口、どっちがいいですか?」
「ど、どっちでも。リョク君がやりやすいほうで……」
「なら、タメ口でいかせてもらいますね」

 そう言ったあと、リョクは少し自身のスマートフォンを弄って、またすぐに鞄に戻した。
 そして、光秋と視線を交え、爽やかでありながらどこか艶っぽく微笑んだ。

「では、『恋人コース』一時間、楽しんでいただけるよう誠心誠意がんばりますね」

 光秋はごくりと唾を呑み込む。
 緊張で震える指先を隠しながら小さく頷くだけで精一杯だった。






『もしもし?』
「しゅ、秋也っ?」
『おう。なんだよ、昨日のやつの話か?』
「う、うん」

 光秋は着ているシャツの胸元あたりをぎゅっと掴んだ。そして、大きく息を吸ってから、絞り出すように言葉を吐き出す。

「す……」
『す?』
「すっごく楽しかった……!」

 思い出すだけで顔がにやけそうになる。
 とにかくリョクがかっこよくて、優しくて、最高だった。予約がたった一時間しか取れなかったのが残念なくらい、楽しい時間だった。

『ふーん、良かったじゃん。なにしたんだ?』
「雑談しながら家で映画見たんだけど……ほら、映画って大体二時間じゃん? でも俺、一時間しか予約してなかったから、映画の途中で時間きちゃって……」
『あほすぎだろ』
「待って! 最後まで聞いて! ……それで、映画の途中でリョク君帰ることになったんだけど、そしたらリョク君が『また映画の続き一緒に見たいな』って……」
『あーはいはい。営業ね』
「これって、またお願いしてもいいってことだよな?」
『まあ、あっちからしたら良客だろうしな。映画見ながらちょっと彼氏っぽい態度取るだけでいいんだから楽だろ。気に入ったならまた呼べば?』
「うん、そうする!」
『わかってるだろうけど、ほどほどにしろよ。練習なんだろ?』
「うん!」

 電話を終える際、『本当にわかってんのか……?』と秋也はぼやいたが、浮かれている光秋の耳にその言葉が届くことはなかった。

「次はいつ予約しようかなー」

 はしゃいでいる自分が気持ち悪い自覚はあるものの、またリョクに会えるのだと思うと楽しみで仕方がない。
 カレンダーを見ながら、光秋はにやにやとだらしない笑みを浮かべた。



 ◇◇◇



「あ、リョクじゃん」
「お疲れー」
「今から?」
「いや、一件行って戻ってきたとこ」
「ふーん。なんか機嫌いいじゃん」
「今日の新規の客、結構アタリだったんだよ。若いし、顔も体も良いし、大人しくてあとちょっとMっぽい」
「へぇ、リョク好みで良かったじゃん」
「そうだな。……ま、アタリだろうがハズレだろうが、やることは変わんねぇけど」
「俺らは夢見せて金貢がせて、搾り取る金なくなったらバイバイするだけだもんねー」


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