遠のくほどに、愛を知る

リツカ

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後日談など

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 後日談
 本編最終話の少し後くらいの話。

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「母上は父上のどこが好きなんですか?」

 穏やかな昼下がり。
 クッキーを頬張るウィリアムが、突拍子もなくそんなことを尋ねてきた。ヴィンセントは微かに目を細め、ウィリアムを見やる。

「……食べながら喋るのはやめなさい」
「はーい」

 返事をしたウィリアムは手に持っていたクッキーを食べ終えてから、改めて「父上のどこが好きなんですか?」と問いかけてくる。
 ヴィンセントはなんとも言えない表情を浮かべ、ウィリアムへと尋ね返した。

「突然どうしたんだ?」
「別に。ただ、気になっただけです。母上があの父上のいったいどこが好きなのか」
「どこ、と言われてもな……」

 急に聞かれると困ってしまう。
 ヴィンセントが黙ると、紅茶を飲むウィリアムは揚々と言葉を続ける。

「ちなみに父上に聞いたときは、『お前に教える必要はない』と怒られましたが、最終的には『お前の母上がこの世の誰よりも素晴らしいひとだからだ』と教えてくれました!」

 過分な褒め言葉にヴィンセントは苦笑した。
 昔からクロードは、なぜだかヴィンセントを聖人君子かなにかだと勘違いしている。過去にヴィンセントがクロードの命を助けたからだろうか。
 しかし、ヴィンセントはそんな大それた人間ではない。欲もあるし、怠惰でもある……けれど、それを伝えてもクロードは頑なにヴィンセントに惚れ込んでいた。
 まあ、それはヴィンセントにとって面映ゆい以上にうれしいことでもあるのだが。

「ははうえー?」
「ああ、まあ待て。クロード様のどこが好きかだろう?」
「はい! やっぱり顔ですか??」
「やっぱりってなんだ……」

 苦笑した後、ヴィンセントは顎に手を当て、三十秒ほど考え込んだ。
 そして──

「……全部、だな」
「ぜんぶぅ??」

 ウィリアムはつまらなそうな顔をした。かと思うと、むくれたように頬を膨らませる。

「そんな答えはずるいです!」
「そう言われても本心だからな」
「でも、たまに父上とケンカしてるじゃないですか」
「全部好きでもケンカすることくらいある。いや、そもそもクロード様が一方的に怒っているだけで、俺は別にケンカするつもりなんてないんだが……」

 今でもクロードは突然怒りだす。その理由はもっともなときもあれば、ヴィンセントには理解できないときもある。
 ウィリアムが今よりも小さかった頃は、ヴィンセントがいつもウィリアムの話ばかりすることにクロードが拗ねることも多く、そのたびヴィンセントはそんなクロードがおかしくて笑っていた。

 懐かしさに目を細めたヴィンセントは、クロードによく似た愛おしい息子を見下ろす。拗ねた顔もそっくりだ。

「答えを知れて満足したか?」
「……いまいちです」
「わがままだな」

 ヴィンセントは手を伸ばし、ウィリアムの淡い金髪を撫で回した。
 むくれていたウィリアムは、ちらりと上目遣いでヴィンセントを見つめてくる。

「僕は?」
「ん?」
「僕のことは、どこが好きですか?」

 自身と同じ紫色の瞳が、きらきらと期待を込めてヴィンセントを映している。
 ヴィンセントは小さく笑った。身を屈め、ウィリアムの髪にそっとキスを落としてから柔らかな声で囁く。

「お前のすべてが好きだよ」







「……今日、ウィリアムとなにか話したか?」

 寝室の明かりを消し、ベッドの中でうとうとしはじめた頃。隣からぼそぼそとした小さな声で尋ねられた。
 うっすら目を開いたヴィンセントは、ゆっくりと隣に視線をやる。

「…………なにか言いました?」
「……今日、ウィリアムとなにか話したか?」

 聞き直した言葉にヴィンセントはしばしぼんやりとした後、「ああ……」と小さく頷いた。

「あなたのどこが好きかって話ですか?」
「そうだ」
「しましたよ」
「……なんて答えたんだ?」

 月明かりだけが頼りの暗闇の中でも、クロードの青い瞳は美しかった。ヴィンセントは見惚れたようにその瞳を見つめ返しながら、小さく苦笑する。

「明日、ウィリアムから聞いてください」
「お前の口から直接聞きたい」

 ふいに手を強く握られた。
 ヴィンセントはクロードから目を逸らし、横たわったまま天井を見つめる。それから数秒して、渋々といった表情で口を開いた。

「……全部です」
「全部?」
「はい。全部好きだと言いました」

 沈黙が落ちた。
 ヴィンセントがちらりと視線を横にやると、そこには不服そうな顔をしたクロードがいた。

「どうかしましたか?」
「抽象的すぎる……」
「ウィリアムにはずるい答えだと」

 ヴィンセントはくすりと笑った。

「でも、それを言うならクロード様の『この世の誰よりも素晴らしいひとだから』もかなり抽象的では? というか、どこが好きかという問いの答えになってないような……」
「……だが、事実だ」

 少し気恥ずかしそうな顔をしてから、クロードはムッとした顔を作る。
 ヴィンセントは腕を伸ばし、クロードの体を抱き寄せた。その髪に優しく口付け、そのままうっとりと目を閉じる。

「俺だって本心ですよ。あなたのすべてが好きで、愛しています」
「っ~~」

 クロードが言葉にならない唸り声をあげたかと思うと、ぎゅうぎゅうと強い力でヴィンセントを抱き返してきた。

「くそっ……腹に子がいなかったら抱き潰してるのに……!」
「残念でしたね」

 淡々と言うヴィンセントを、クロードは恨めしそうな顔で睨んだ。かと思うと、ヴィンセントの唇に噛み付くようなキスをする。
 一瞬驚いたヴィンセントは、しかし拒むことなくその口付けを受け入れた。軽く舌を絡めあった後、名残惜しくもすぐにその唇は離れていく。

 ヴィンセントが瞼を上げると、そこにはどこか歯痒そうな顔をしたクロードがいた。クロードは少し熱を帯びたため息を吐き、前髪を掻き上げる。

「もう寝る。お前も早く寝ろ」
「はい。おやすみなさい、クロード様」
「……おやすみ、ヴィンセント」

 愛しいクロードの腕の中、ヴィンセントは微笑みながらゆっくりと瞼を落とした。


 (終)
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