遠のくほどに、愛を知る

リツカ

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後日談など

初恋と罪と愛と 5

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 ヴィンセントの言葉に打ちひしがれたクロードは、無言で自室へと踵を返した。自分の思い違いにいまさら気づいて、頭の中が真っ白になっていた。

 確かにヴィンセントは、以前顔を合わせたときも、手紙でも、『父が勝手なことばかり言って申し訳ない』と謝っていた。『結婚の話なんて断ってくれて構わない』と。
 しかし、嫌がっていることまではクロードも知らなかったのだ。ただ遠慮しているだけで、クロードとの結婚自体は満更でもないのだと、そのはずだと、クロードはそう思っていた。思い込んでいた。
 ……あのヴィンセントの無表情から、ヴィンセントの本心などわかるはずもなかったのに。

 絶望感を覚えたクロードは酒に逃げた。
 さっきまであんなに幸せだったのに、一気に地獄に突き落とされた気分だ。

 クロードと揃いのシルバーと白を基調として作られた婚礼衣装を着たヴィンセントは本当に美しかった。眩しくて、照れくさくて、指輪を付けてやるときの手が震えた。
 良い式だった。式の前にエドワードがヴィンセントに暴言を吐いて暴れる騒動もあったが、式自体はつつがなく終えられたのだ。
 カタリナに『素敵な方ね』とヴィンセントのことを褒められて、自分のことのようにうれしくて、幸せで、でも──……

 クロードは酒を浴びるように飲んだ。飲まなければやっていられなかった。
 しかし、どれだけ酔っても頭の中からヴィンセントのことが離れない。式のときの冷たい横顔も、さっきの口惜しそうな顔も、寝衣から覗いた男らしい首筋も──

「クソ……」

 クロードは自身の金髪をかき乱し、悪態とともに熱い吐息をこぼす。

 本当なら今頃、ヴィンセントを抱いていた。あの薄い唇にキスをして、首筋に噛み付いて、鍛えられた肉体に手を這わせて、そして、そして──
 考えれば考えるほど、虚しくなった。
 ヴィンセントは隣の部屋にいて、夫であるクロードはいつでも妻の部屋を訪れていい権利がある。けれど、そのたった数歩の距離が今はやけに遠く思えた。

 クロードはグラスになみなみと注いだワインを一気に飲み干し、テーブルに叩き付けるようにグラスを置く。
 正直、ヴィンセントの部屋を出たことを後悔していた。
 しかし、残ってもどんな言葉をかけるべきだったのかはわからない。
 無理矢理妻にしてすまなかったと謝るべきだったのか、愛しているから許してほしいと許しを乞うべきだったのか。

 絶望と、焦燥感と、苛立ちと、恋しさと、劣情と──それらすべてがごちゃまぜになった感情に支配されたクロードはやがて熱に浮かされたように立ち上がり、ふらつく足でヴィンセントの部屋へと戻った。




「月に一度の妻の勤めは果たしてもらう」

 どんな顔をして自分がそう言ったのか、クロードにはわからない。
 戻ってきたクロードを見て、突然ベッドに押し倒されて、ヴィンセントはただただ驚いている様子だった。

 別に、抱けば自分のものになると思っているわけではない。むしろ、一回寝ただけで恋人面をしてくるような連中がクロードは大嫌いだった。
 ただ純粋に、クロードはヴィンセントを抱きたかった。愛していたから。それが正しいか正しくないかも考える余裕はなく、クロードは契約を盾にヴィンセントに組み付いた。

 そんなクロードの行動を、ヴィンセントは拒まなかった。諦めていたのか、呆れていたのか……わからないが、先ほどのようにクロードを責めることもなく、無言でクロードにその身を委ねてくれた。

「……男に抱かれた経験は?」
「……申し訳ありません……」
「あるのか?」
「……いえ、ないのです……」

 なぜ謝られたのかわからなかったが、そんなことどうでもいいくらいクロードは歓喜した。この美しい体を自分のものにできるのだと思うと、血がたぎって仕方がない。
 あれだけ酒を飲んだにも関わらず、クロードの雄はヴィンセントの生身の肉体を見るだけで頭をもたげた。鍛えられたヴィンセントの体は美しく、その身に刻まれた多くの傷痕さえもその肉体美を引き立てているようだった。

 ──なにより、背中に残った大きな傷痕が痛々しくて、愛おしくて。

 クロードは初夜の最中、何度もヴィンセントの背中の傷にキスをした。舌を這わせ、口付けて、熱い吐息をこぼす。

 丁寧に愛撫をして、まるで壊れ物を扱うように慎重にヴィンセントを抱いた。
 愛おしかった。傷付けたくなかった。大切にしたかった。

 たとえ、ヴィンセントがクロードの愛なんて望んでいなかったとしても。
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