遠のくほどに、愛を知る

リツカ

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後日談など

初恋と罪と愛と 4

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 ロシェルとの婚約を破棄してヴィンセントという騎士と結婚したいのだとクロードが告げたとき、国王は声を上げて笑った。いつも常に薄らと笑っているような男ではあったが、こうも愉快そうに声を上げて笑う姿を見るのは初めてだ。
 美しい壮年の王は口角を上げ、楽しげな笑みを浮かべる。

「なるほど。自分を命懸けで救った男に惚れたのか」
「……陛下、誠に申し訳ありません」

 父は深く頭を下げた。それに合わせて、クロードも深く頭を下げる。

 クロードがクレイ伯爵に結婚の約束を取り付けてきたと両親に報告したとき、最初は両親も狼狽していた。
 しかし、赤い顔をしたクロードが言葉に詰まりながらヴィンセントを愛しているのだと告げると、呆れつつも最終的には両親の方が折れてくれた。
 母曰く、『惚れた腫れたはどうしようもない』らしい。

「顔を上げよ」

 どこか弾んだその声に顔を上げると、国王は相変わらず楽しそうに笑っていた。
 もう四十代半ばを過ぎているはずだが、その整った精悍な顔は若々しく、金色の瞳は美しい。

「クロードとロシェルの婚約を解消することは私も別に構わんが……ロシェル、お前はどうだ?」

 国王の視線がスッとクロードたちから外れ、横に控えていたロシェルを捉える。
 クロードもちらりと目だけを動かしてロシェルを見ると、ロシェルは無表情でその場に立っていた。
 ロシェルが国王を見つめ返し、淡々とした声で言う。

「どうと言われましても……」
「キースにはまだ勝てそうにないか?」
「もう一押し、といったところです」
「そうかそうか。もう一押しか。なら、そう悪い話でもないな」

 頷いた国王は満足げに笑う。
 一見意味のわからない会話だが、一応ロシェルの婚約者であったクロードにはその会話の意味がわかった。

 この国の第一王子であるキースはいまだ未婚で、『自分より剣の腕の立つ相手でなければ結婚しない』と宣言している。
 結婚したくがないためのただの口実だ。
 しかし、三十近くなった今でもキースに剣術で敵うものは居らず、キースは自由気ままな独身生活を謳歌していた。
 
 そのキースに、ロシェルは幼い頃から懸想している。いや、執着と呼んでもいいのだろうか。

 国王がロシェルを養子にする前から、ロシェルへの風当たりは強かった。
 ロシェルは亡き王弟殿下の子どもではないのではないか……という噂は、ロシェルが生まれる前からあったらしい。
 国民には公表せず隠しているが、ディアナがこの国に嫁いでからロシェルが生まれてくるまでの期間はあまりにも短すぎた。おまけにロシェルの瞳の色が両親のどちらとも異なっていたものだから、王家と一部の上位貴族の間では、ロシェルが王族でないことは周知の事実とされている。

 おそらくキースも、ロシェルに王家の血が流れていないことは理解している。
 それでも、王の子たちの中でキースだけはロシェルに優しかった。血の繋がらない兄弟たちの中、キースだけがロシェルを本当の弟として愛していたのだという。
 ──まさかその愛が、ロシェルには違った形で芽吹いていることなど、キースは知る由もないだろうが。

 婚約者として引き合わせられたときも、婚約が決まったときも、クロードもロシェルもお互いに関心はなかった。
 クロードは両親が決めた相手なら誰でも良かったし、きっとロシェルはキース以外の相手など眼中になかった。

『お前と会う時間を設けるために兄上と会う時間を削らなければならないなんて、なんて嘆かわしいことだろう』

 クロードと会うとき、ロシェルはいつも不愉快そうだった。口にするのは決まってキースと共に過ごす時間が減ることに対する文句と、キースへの賛辞で、クロードはいつもロシェルにイライラした。

 クロードだって、別にロシェルのことなどどうとも思っていない。見目は綺麗で、血筋はともかく国王の養子であるという身分は申し分ないが、それだけだ。
 さりとて、このムカつく少年を将来は妻に迎えるのだと思っていた。愛する気もなければ愛されたいとも思わないが、そんな結婚生活でも構わないと思っていた。愛だの恋だの馬鹿らしいと見下していた。

 ──ヴィンセントに出会う前は。



 国王がさほど難色を示さなかったこともあり、最終的にクロードとロシェルの婚約解消はあっさり認められた。
 ロシェルは『タイミングが悪い』とぶつぶつ文句を言っていたが、ロシェルがまだキースに勝てていないことなどクロードにはどうでもいいことだ。

 ロシェルとの婚約解消という最大の難関を乗り越え、クロードはすべてを成し遂げたような気持ちになっていた。
 周りに誤解されていることも、多くの友人を失ったことも、これから得られる幸福を天秤にかければ些細なこと。
 これで自分とヴィンセントは結ばれ、幸せになれるのだと、クロードはそう信じていた。

 しかし──……




「どうして結婚を断ってくださらなかったんですか?」

 初夜の直前、部屋を訪れたクロードをヴィンセントの紫色の瞳が口惜しそうに睨んでいた。いつも涼しげだった顔が、今はどこか苦しそうに歪んでいる。

 そこで、ようやくクロードは自分がとんでもない思い違いをしていたことに気付かされた。
 ヴィンセントはクロードとの結婚など、最初から望んではいなかったのだ。
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