遠のくほどに、愛を知る

リツカ

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後日談など

久しぶりの夜会 5

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 去っていくレイモンドの背中を見送った後、ヴィンセントはクロードに咎めるような目を向ける。

「クロード様、あれはさすがに無礼ですよ。もう少し言葉を選ばなければ」
「あいつがしつこいからだ。それより、アルバートとカタリナはどうした?」
「ふたりはダンスをしに……」

 ヴィンセントが答えると、クロードは大きく舌打ちをした。ヴィンセントの腰を抱く腕の力が強まり、さらに体が密着する。

 アルバートも自身を嫉妬深いと言ったが、やはりクロードほどではない。
 ウィリアムが産まれて少しは落ち着くかと思ったが、相も変わらずクロードは並々ならぬ愛情をヴィンセントに注いでくれている。それこそ、時々困ってしまうくらいに。

「……だからお前をひとりにしたくなかったのに」
「大丈夫ですよ。子どもじゃないんですから」
「……皆お前を見てる」
「夜会に来るのがめずらしいからですよ。それに、隣にあなたがいるから」

 確かに、周りからの視線はちらほらと感じる。
 それは、ヴィンセントが久しぶりに社交界に顔を見せたからであり、政略結婚だったはずのヴィンセントとクロードが仲睦まじく寄り添っているのが信じられないから……かもしれない。

 クロードは給仕から受け取ったシャンパンを一口で飲み干し、小さくため息をつく。

「……レイモンド・ウォルターとは知り合いだったのか?」
「いえ。顔も名前も知りませんでした」
「そうか。覚える必要もないから、もう忘れろ。あと、今度からは誰に話しかけられても絶対にお前の傍を離れない」
「それは時と場合によるでしょう」

 苦笑して、ヴィンセントもワインに口をつける。
 昔ほど冷たい視線に晒されることもないが、やはりあまり居心地の良い場所ではない。
 それに、乳母や侍女たちに預けてきた幼いウィリアムのことがなにかと気がかりだった。

「……ウィリアムはもう寝ている時間でしょうか」
「どうだろうな。お前が傍にいないとたまにぐずりだすから……」
「そうですね。泣いてミラたちを困らせてるかもしれません」

 一歳になったウィリアムはもうすでにたくさんの言葉を喋る幼児だったが、その中身は年相応にまだまだ幼かった。
 両親のどちらもが屋敷にいないことに気づいて、今頃もしかしたら泣いているのかもしれない。

 そう思うと、途端にヴィンセントはウィリアムの顔を見たくなった。あのふっくらとした頬にキスをして、眠りにつくまで腕の中であやしてやりたい。
 黙っていたクロードも似たような気持ちだったのか、空のグラスをテーブルに置いてぽつりと呟く。

「……早めに帰るか」
「いいんですか?」
「別にお開きになるまでいなきゃいけない決まりはないだろう。だが、その前に……」

 クロードは一度立ち上がってから、その場に片膝をついた。ソファに座るヴィンセントを揶揄うように見上げ、恭しく手のひらを差し出してくる。
 その姿はまるで絵本の中から出てきた王子様のようで、ヴィンセントは思わず見惚れてしまった。

「一曲くらい踊ってからでもいいだろ?」
「……足を痛めてる設定は?」
「ついさっき治ったことにしよう」

 適当なことをいうクロードの言葉に笑いながら自身の手を重ね、ヴィンセントは立ち上がる。

「久しぶりなので、足を踏んでも怒らないでくださいね」
「なるべく気を付けてくれ……」

 苦笑するクロードに笑い返しつつ、ヴィンセントはクロードにエスコートされてダンスホールへと向かった。

 ──結局、ヴィンセントはダンス中にクロードの足を二回も踏んでしまったが、ヴィンセントの瞳を覗き込んで笑うクロードはひどく楽しげだった。











「……おい、この前の夜会でカタリナを口説いてたのか?」
「? なんの話ですか?」
「アルバートがお前とカタリナをもう会わせたくないと」
「……ああ……いえ、普通に話してただけなんですが、なにか誤解があったようで……」
「…………」
「そんな怖い顔しないでください。あなただけですよ」
「俺だけ?」
「はい。あなただけを愛しています」
「…………」
「照れないでください。俺の方が恥ずかしいのに」
「……俺の方が愛してる」
「それはどうでしょう? その点に関しては、俺も負ける気はないので」
「こっちのセリフだ」

 どこか不敵な笑みを浮かべながら言い合う両親を母の腕の中から見上げ、ウィリアムはキャッキャと楽しそうに笑っていた。


 (終)
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