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終章
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しおりを挟むヴィンセントとクロードの仲は円満で、手が焼ける最愛の息子もいて、さらにはお腹には二人目の子どももいる。
幸せだ。これを幸せだと言わずなんというのか。
……しかし、幸せだからといって、なにもかもが順風満帆というわけでもなかった。
あの日から──クロードにイリスの樹のことを打ち明けられた日から五年以上の歳月が流れたが、いまだイリスの樹の件が解決したわけではない。
いや、解決することなどこの先もないのだ、きっと。
「……申し訳ありません、少し考え事をしていました」
囁くように言って、ヴィンセントはクロードの滑らかな頬にキスをする。
クロードは驚いたように目を丸くしたあと、軽くヴィンセントを睨んだ。けれど、照れているのだとわかる今となっては、ちっとも怖くなかった。
「……子ども扱いするな」
「してませんよ」
「ウィリアムにもいつも同じことをしてるだろう」
「それは、まあ」
ヴィンセントは苦笑した。
だって、どちらも愛おしいのだから仕方ない。
クロードは二十八歳になったが、同じく歳を重ねたヴィンセントからしたら五歳年下の若い夫のままだった。というか、見た目的にも内面的にもあまり変わりはない。
突然よくわからないことで怒り出したり、拗ねたり──それでも以前のように距離ができないのは、ヴィンセントがクロードの愛を知っているからだろうか。
……しかし、ヴィンセントと違い、クロードはそうではなかった。
信じていると口では言うが、クロードは今でもイリスの樹の力でヴィンセントが自分を愛しているのだと思っている。故に、ヴィンセントがひとりでどこかに行くのを異常に嫌がるし、ヴィンセントがただぼんやりとしているだけで不安そうな顔をする。
いつか正気に戻ったヴィンセントが自分から離れてしまうのではないかと、クロードは今もずっと恐れているのだ。
そんなはずがないではないか、とヴィンセントは思う。だが、他人の思い込みを解くのは簡単ではない。相手が頑ななクロードならなおさらだ。
だからこそ、ヴィンセントはクロードの傍にいるときはなるべく言葉で愛を伝えて、ぼんやりしないよう心掛けている。
……のだが、前者はともかく後者はなかなか難しい。
もともと、戦場以外ではぼんやりと日々を過ごしていた男なのだ。いや、誰だって物思いに耽ることぐらいあるだろう、きっと。
言い訳のようにそんなことを思いながらヴィンセントは手を伸ばし、クロードの手を握る。
「あなたを愛しています。誰よりも」
「……毎日言わなくてもわかってる」
「ですが、あなたが不安そうな顔をするので」
「…………」
クロードは決まり悪そうな顔をした後、無言でコーヒーを飲む。
小さく笑ったヴィンセントも同じくコーヒーに口をつけ、執務室には妙に心地いい静寂が訪れた。
昔はこの沈黙が気まずくてたまらなかった。クロードとふたりきりでいると息苦しくて、自分が隣にいることが申し訳なくて、いつもクロードから目を逸らしていた。
沈黙が平気になったのは、記憶を失ったときのクロードが何度もまっすぐに愛を伝えてくれたからだ。
生まれたばかりのヒヨコのような──姉を自分のせいで亡くしたという悲劇を知らないまっさらなクロード・オルティス。
よく喋って、笑って、泣いて、ヴィンセントの知らなかったクロードの一面をたくさん教えてくれた。
心の底からヴィンセントを愛してくれた。ヴィンセントも、心の底からクロードが愛おしかった。
いまでもあの日々の無邪気なクロードの夢を見ることがある。時々懐かしくなって、無性に会いたくなることもある。
だが、寂しいとは思わない。
目覚めたらいつも隣にいる夫が、あの無邪気なクロードとまったくの同一人物だと知っているからだ。たとえ、クロード本人が未だにそれを認めなくても。
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