遠のくほどに、愛を知る

リツカ

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終章

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 あいつはいったい誰に似たんだ──が最近のクロードの口癖だ。
 金色の髪に、紫の瞳。両親の恵まれた容姿をしかと譲り受けたウィリアムはまるで天使のように愛らしい美少年だったが、その内面はクロードにもヴィンセントにもあまり似ていなかった。

 今年の夏で五歳になるウィリアムは、好奇心旺盛で、悪戯好きで、しかも口がよく回る。
 言葉を話し出すのも同い年の子どもたちに比べて早かったが、まさか大人を言い負かす勢いで喋り倒す子どもに育つとはヴィンセントも予想していなかった。

 ある意味、利口ではある。自分が四歳の頃は、これほど口も頭も回らなかっただろう。
 ……しかし、ウィリアムがその利口さを良くない方向にばかり発揮するため、ヴィンセントはそれを手放しで喜べない。三日に一回はなにかしらの悪戯をしでかして、そのたびクロードが叱り、ヴィンセントが窘めるのがすっかり日常になっていた。

 ヴィンセントは肩を竦ませ、意識して厳しい声をウィリアムにかける。

「あとで父上のところに謝りに行きなさい。俺も付いて行ってやるから」
「嫌です。父上が先に謝らないなら、僕は謝りたくありません。父上は僕に厳し過ぎます……父上はきっと僕が嫌いなんです」
「そんなはずないだろう」

 ヴィンセントは即座に否定したが、ウィリアムは納得いかない表情をしたままだった。
 拗ねたように、フンとそっぽを向く。

「母上には優しいのに、僕にはいつもすぐ怒るんです。僕のことが嫌いだからとしか思えません」
「お前が悪戯ばかりするからだ。……それに、お前はこの家の跡取りで、俺たちのたったひとりの子どもだから、どうしても厳しくしてしまうんだろう」

 ヴィンセントは諭すように言って、その子どもらしいふっくらとした頬にキスを落とす。

 ウィリアムはひどく手が焼ける子だが、それ以上にどうしようもなく愛しい子でもあった。
 自分と愛しいひとの血を引いて生まれてきた、小さな天使のような存在なのだ。愛おしく思わないはずがない。
 それはヴィンセントだけでなく、当然クロードも同じはずだ。

 ウィリアムがお腹の中にいることがわかった日のことも、生まれてきた日のことも、昨日のことのように思い出せる。
 そのとき、クロードがどんな反応をしたのかも。

「お前が生まれたとき、父上は泣いて喜んだ」
「……嘘でしょう?」
「嘘なんかじゃない。生まれたばかりのお前を見て、『なんて可愛い子だろう』と」
「さっきは僕のことを『悪戯ばかりする馬鹿息子』だと」
「……まあ、それも間違いではないな」

 クロードが息子であるウィリアムのことを愛していないはずがない。
 けれども、確かにここ最近のクロードがウィリアムに対して厳しく接し過ぎているのも事実だ。
 きっと、悪戯ばかりしているひとり息子がちゃんと立派な当主になれるのか、クロードは気が気でないのだろう。

 ──ただ、そのことに関しては今後良い方向に向かうかもしれない。

 ヴィンセントは少し考えるそぶりを見せた後、徐に膝の上からウィリアムを下ろした。
 そして、柔らかな金髪を撫で回し、軽く背を屈めてウィリアムと目線を合わせながら言う。
 
「俺が先に父上と話して来るから、夕食の時間が来る前にお前も謝りに来なさい」
「ちゃんと叱っておいてくださいね! じゃないと大変なことになりますよ!!」
「別に叱りに行くわけじゃないぞ。いいからお前は部屋に戻りなさい。もうすぐ勉強の時間だろ? ミラ」
「はい。お部屋に戻りますよ、ウィリアム様」
「えっ、あ、ちょっと、ミラっ!!」

 ミラが素早い動きでウィリアムを後ろから抱え上げ、ヴィンセントに一礼してから部屋を出て行く。
 その腕の中でじたばたと暴れるウィリアムがなにか叫んでいたが、それも扉が閉まれば聞こえなくなった。
 ヴィンセントはようやく一息ついて、肩の力を抜く。

 ウィリアムが生まれてから、ミラはヴィンセントの元を離れ、ウィリアムの世話係になっていた。
 実家から連れてきた家族のような存在であるミラになら、ヴィンセントも大切な息子のことを任せられた。それに、ヴィンセントの傍にミラがいることを良く思っていなかった嫉妬深いクロードも満足させられるのだから一石二鳥である。

 いまヴィンセントの身の回りの世話は、元々オルティス公爵家で働いていた侍女たちがしてくれている。皆、クロードが選んだ朗らかで優秀な侍女たちだ。
 そのほとんどが年配の既婚者で、一番若い侍女でもヴィンセントより二十近く年上だった。
 男でも女でも、クロードはヴィンセントの傍にひとがいることを嫌がる。相手が若く美しい者ならなおさらだ。

 貴族やその妻が使用人と火遊びをする話など山ほどあるので、クロードが神経質になる気持ちもわからなくはない。ヴィンセントからして見たら、無論ただの杞憂だが。

「クロード様のところに行ってくる」
「ええ、参りましょう。きっと坊ちゃんもお喜びになりますわ」

 侍女のリンダがにこやかに頷く。
 ウィリアムのこともそうだが、ヴィンセントには他にもクロードに伝えなければならないことがある。というか、むしろそちらの方が本題だ。
 ヴィンセントは鏡の前で軽く身だしなみを整えてから、リンダとともにクロードの執務室へと向かった。
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