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第6章 遠のくほどに、愛を知る
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しおりを挟むヴィンセントが見惚れたようにクロードの瞳を見つめ返していると、その目はゆっくりと細められていく。
空色の瞳が、どこか眩しげにヴィンセントを映していた。
「お前が愛してくれるのなら、死んでも構わないと思った。いや、このままお前に愛されないまま生きるくらいなら、死んだ方がましだと思ったのかもしれない」
「…………」
「やけになって馬鹿なことをした自覚はある。だが、死んでもいいと思ってイリスの樹に祈ったのは本心だ」
「……いまでも、俺がイリスの樹の力であなたを愛していると思っていますか?」
「思っている」
間髪をいれずに返された答えに、ヴィンセントはなんとも言い難い物悲しさを覚えた。
しかし、クロードは悲しげな顔をするヴィンセントを見て、「そんな顔をするな」と口元を緩める。
「それでも、離縁はしない。お前の言葉を信じて、お前の隣で生きる」
クロードはどこかすっきりとした表情でそう言い切った。
意外な答えだ。いや、不思議な答えだという方が正しいのだろうか。
ヴィンセントが黙ったままでいると、クロードは少し呆れたように笑う。
「なんだ、不満なのか? お前が信じてくれと言ったのに」
「いえ、そうではないのですが……イリスの樹のことも、俺の言葉も、どちらも信じるという答えは意外だったので」
「お前が信じてくれと言うんだから、信じるしかないだろ。それに……元はといえば俺が望んだことだ」
死んでもいいから愛されたかった、とクロードは言った。
イリスの樹の力を信じているクロードにとって、その言葉は紛れもない真実なのだろう。
「……イリスの樹に祈ったときは、怒りと悔しさで頭の中が真っ白で……もうどうにでもなれと思っていた。元々お前に救われた命だ。お前に愛されて死ねるなら、惜しくもなかった」
なんでもないことのように言うクロードを、ヴィンセントはまじまじと見つめた。
そしてふと、盗賊からクロードを助けたあの日のことを思い出す。
盗賊に剣を突きつけられていたあの日のクロードは、至極落ち着いていた。
怯えることも喚くこともなく、ただ場違いなほど涼しい顔でそこに立っていた。
あのときヴィンセントは、さすがは公爵令息だと感心した。どんなときでも取り乱さないなんて、肝の座った男だと。
しかし……いま思うと、あのときのクロードはただ自身の死を受け入れていただけだったのかもしれない。
盗賊に襲われたとき、ようやく死ねるんだと思った、と昨夜のクロードは口にしていた。
自分のために──否、自分のせいで姉を亡くしたクロードは、きっと自分を責め続けて生きてきたのだろう。
ずっと死にたいと思いながら生きてきたクロードにとって、あの日はようやくクロードの願いが叶う日だったのかもしれない。
──だが、そこにヴィンセントが現れ、クロードを助けた。
運命みたいな、偶然の出会いだった。
きっとヴィンセントは襲われていたのがクロードでなくても、命懸けでそのひとを助けようとしただろう。
過去のクロードが口にした通り、別にヴィンセントは襲われていたのがクロードだから助けたわけではなかった。
けれど、あの日盗賊に襲われていたのはクロードで、それを助けたのはヴィンセントだった。
クロードが恋に落ちたのはヴィンセントで、ヴィンセントが愛したのはクロードで、他の誰でもない。
ヴィンセントはクロードを抱き寄せ、その金髪に顔を埋める。
「あの日、俺が助けたのがあなたで良かった。お義姉さんを亡くしたあなたが、それでも生きることをやめないでいてくれて良かった」
──クロードがヴィンセントを愛することを諦めないでいてくれて良かった。
なんだか少し泣きそうな気分だった。
それを誤魔化そうとするように、ヴィンセントはクロードを強く抱きしめる。
あれほど遠くに感じた青年が、いまは確かに腕の中にいる。触れ合っている。
肉体の表面だけでなく、その心にさえ触れられた気がした。
いや、気がしたのではなく事実そうなのだ、きっと。
遠く離れ離れになって初めて知った。
ひとを愛することも、ひとに愛されることも。
「ずっと傍に居てください」
「……言われなくてもそうする」
背中に回されたクロードの腕が小さく震えていたのを、ヴィンセントは一生忘れずにいたいと思った。
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