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第6章 遠のくほどに、愛を知る
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しおりを挟む「俺がどれだけ祈っても、姉上が生き返ることはなかった。なんらかの制約があるのか、イリスの気まぐれなのかはわからない。ただ、姉上が俺の代わりに死んで、本来死ぬはずだった俺が生かされたのは確かだ」
そのクロードの独白のような語りに、ヴィンセントはなにも言えなかった。
代わりに、なぜだか幼い頃の自分を思い出した。母が死んだとき、自分のせいだと己を責めた、少年だった頃のヴィンセント・クレイを。
クロードは宙を見つめたまま、ぼそぼそと言葉を続ける。
「姉上が死んだあと、俺はアルバートとカタリナと一緒にイリスの樹について調べた。そのときに、イリスというのが亡国の呪い師のことだとわかった。そのイリスの娘が、遥か昔にオルティス公爵家に嫁いできたことも」
「呪い師……」
「呪術師といったほうがわかりやすいか。魔女と呼ぶ者もいたようだ」
そういった稼業で生活をする者はこの国にもいる。占いや呪術を本気で信じている者も。
しかし、ヴィンセントはその手の人々に対して昔から懐疑的だった。そもそも、神の存在さえ信じていない。なんの罪もない母を自分のせいで亡くしてから、神への信仰心はすっかり冷めきってしまっている。
けれども、あのイリスの樹なら、なにかしらの奇妙な力を持っていてもおかしくはないのかもしれない──そう思わせるなにかが、確かにあの木にはあった。
美しいと思っていた真白の木が、いまはヴィンセントもどこか不気味に思える。
「……お義姉さんは、その『イリス』に会ったと言っていたんですよね?」
「正確には、その亡霊……怨念のようなものだろうな。イリスは何百年も前に、その力を恐れた国王に処刑されたらしい」
「そうですか……」
ヴィンセントがなんともいえない相槌を打つと、クロードは唇を歪めて皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「……やはり信じられないだろう。全部俺の妄想だと思いたいのなら、そう思えばいい」
「いえ、信じてはいます。無論、信じ難いですが……クロード様がそんな作り話をするとは思えません」
あり得ない、と切り捨てるのは簡単だ。
しかし、ヴィンセントはそれをしたくなかった。たとえ空想だったとしても、クロードの言葉を信じてやりたい。
それに、すべてを『偶然』の一言で片付けるのはさすがに無理がある。クロードから聞いた話が実際に起こったことなら、色々と辻褄が合いすぎているのも事実だ。
イリスの樹の力が本物だとしたら、ジーナはクロードのために自分の命をかけて、クロードを守ったのだろう。
だが、クロードにとってはきっとそうではない。自分のせいで母が死んだと思って生きてきたヴィンセントだからこそ、クロードの気持ちが痛いほどわかる気がした。
「ずっと、お義姉さんが自分のせいで死んだと、自分を責めながら生きてきたんですね」
「……違う。俺のせいではないと、自分の罪から目を背けて生きてきたんだ」
「同じことですよ、きっと。ずっと苦しかったでしょう」
クロードが大きく目を見開いて、ヴィンセントを見上げる。
その青い瞳を見つめ返し、ヴィンセントは慰めるようにクロードの手の甲を撫でさすった。
「……俺もずっと、母が死んだのは自分のせいだと思って生きてきました。俺を産んだあとに母は体調を崩し、そのまま儚くなってしまったので」
クロードは驚いたような顔をした。
それからすぐ、苦しげな表情で緩く首を振る。
「それは……お前のせいじゃないだろう」
「皆、そう言ってくれます。でも、俺自身はそんな風には思えないのです。クロード様もそうではありませんか?」
クロードは困ったような顔で黙り込む。
そうだと答えて、ヴィンセントを自分と同列にしてしまうことを気にしているのかもしれない。
気落ちしたいまのクロードを見ていると、不思議と昔よりもクロードの気持ちがわかる気がした。
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