78 / 119
第6章 遠のくほどに、愛を知る
77
しおりを挟む「俺がどれだけ祈っても、姉上が生き返ることはなかった。なんらかの制約があるのか、イリスの気まぐれなのかはわからない。ただ、姉上が俺の代わりに死んで、本来死ぬはずだった俺が生かされたのは確かだ」
そのクロードの独白のような語りに、ヴィンセントはなにも言えなかった。
代わりに、なぜだか幼い頃の自分を思い出した。母が死んだとき、自分のせいだと己を責めた、少年だった頃のヴィンセント・クレイを。
クロードは宙を見つめたまま、ぼそぼそと言葉を続ける。
「姉上が死んだあと、俺はアルバートとカタリナと一緒にイリスの樹について調べた。そのときに、イリスというのが亡国の呪い師のことだとわかった。そのイリスの娘が、遥か昔にオルティス公爵家に嫁いできたことも」
「呪い師……」
「呪術師といったほうがわかりやすいか。魔女と呼ぶ者もいたようだ」
そういった稼業で生活をする者はこの国にもいる。占いや呪術を本気で信じている者も。
しかし、ヴィンセントはその手の人々に対して昔から懐疑的だった。そもそも、神の存在さえ信じていない。なんの罪もない母を自分のせいで亡くしてから、神への信仰心はすっかり冷めきってしまっている。
けれども、あのイリスの樹なら、なにかしらの奇妙な力を持っていてもおかしくはないのかもしれない──そう思わせるなにかが、確かにあの木にはあった。
美しいと思っていた真白の木が、いまはヴィンセントもどこか不気味に思える。
「……お義姉さんは、その『イリス』に会ったと言っていたんですよね?」
「正確には、その亡霊……怨念のようなものだろうな。イリスは何百年も前に、その力を恐れた国王に処刑されたらしい」
「そうですか……」
ヴィンセントがなんともいえない相槌を打つと、クロードは唇を歪めて皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「……やはり信じられないだろう。全部俺の妄想だと思いたいのなら、そう思えばいい」
「いえ、信じてはいます。無論、信じ難いですが……クロード様がそんな作り話をするとは思えません」
あり得ない、と切り捨てるのは簡単だ。
しかし、ヴィンセントはそれをしたくなかった。たとえ空想だったとしても、クロードの言葉を信じてやりたい。
それに、すべてを『偶然』の一言で片付けるのはさすがに無理がある。クロードから聞いた話が実際に起こったことなら、色々と辻褄が合いすぎているのも事実だ。
イリスの樹の力が本物だとしたら、ジーナはクロードのために自分の命をかけて、クロードを守ったのだろう。
だが、クロードにとってはきっとそうではない。自分のせいで母が死んだと思って生きてきたヴィンセントだからこそ、クロードの気持ちが痛いほどわかる気がした。
「ずっと、お義姉さんが自分のせいで死んだと、自分を責めながら生きてきたんですね」
「……違う。俺のせいではないと、自分の罪から目を背けて生きてきたんだ」
「同じことですよ、きっと。ずっと苦しかったでしょう」
クロードが大きく目を見開いて、ヴィンセントを見上げる。
その青い瞳を見つめ返し、ヴィンセントは慰めるようにクロードの手の甲を撫でさすった。
「……俺もずっと、母が死んだのは自分のせいだと思って生きてきました。俺を産んだあとに母は体調を崩し、そのまま儚くなってしまったので」
クロードは驚いたような顔をした。
それからすぐ、苦しげな表情で緩く首を振る。
「それは……お前のせいじゃないだろう」
「皆、そう言ってくれます。でも、俺自身はそんな風には思えないのです。クロード様もそうではありませんか?」
クロードは困ったような顔で黙り込む。
そうだと答えて、ヴィンセントを自分と同列にしてしまうことを気にしているのかもしれない。
気落ちしたいまのクロードを見ていると、不思議と昔よりもクロードの気持ちがわかる気がした。
93
お気に入りに追加
1,966
あなたにおすすめの小説

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

誰よりも愛してるあなたのために
R(アール)
BL
公爵家の3男であるフィルは体にある痣のせいで生まれたときから家族に疎まれていた…。
ある日突然そんなフィルに騎士副団長ギルとの結婚話が舞い込む。
前に一度だけ会ったことがあり、彼だけが自分に優しくしてくれた。そのためフィルは嬉しく思っていた。
だが、彼との結婚生活初日に言われてしまったのだ。
「君と結婚したのは断れなかったからだ。好きにしていろ。俺には構うな」
それでも彼から愛される日を夢見ていたが、最後には殺害されてしまう。しかし、起きたら時間が巻き戻っていた!
すれ違いBLです。
初めて話を書くので、至らない点もあるとは思いますがよろしくお願いします。
(誤字脱字や話にズレがあってもまあ初心者だからなと温かい目で見ていただけると助かります)
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる