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第5章 手紙
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しおりを挟むヴィンセントはクロードを抱きしめ、柔らかな声で告げる。
「そんなはずはありません。あなたが傍にいてくれてよかった。あなたを心から愛しています」
「……クロードよりも?」
「同じくらいです。まったく同じ人間ですから」
「僕はそうは思えませんけど……」
ヴィンセントの胸元から顔を上げたクロードはどこか納得のいかない表情をしていたが、それがヴィンセントの本心だった。
クロードを愛している。記憶をなくしただとか、別人のようだとか、そんなことはもうどうでもいい。
たとえなにがあっても、この青年はクロード・オルティスなのだ。
クロードの記憶が戻ることも、そして一生戻らないことも、もうヴィンセントは怖いと思わなかった。そう思わせてくれたのはいまのクロードであり、過去のクロードでもある。
クロードの青い目がゆっくりと瞬き、少し不安気にヴィンセントを見つめる。
「……もし記憶が戻って、僕が消えてしまっても、僕のこと忘れないでいてくれますか?」
「記憶が戻っても消えたりしませんよ。あなたはクロードなんですから」
「っ~~もうそういう話はいいです! イエスかノーで答えてください!」
叫んで、クロードはむくれたような顔をする。
その必死さに苦笑しながら、ヴィンセントはクロードの青い瞳と視線を交えたまま答える。
「忘れたりしませんよ。ずっと愛しています」
すると、ようやく安堵したようにクロードの表情が緩んだ。……かと思うと、突然体を起こし、横向きだったヴィンセントの肩をベッドに押しつけるようにして仰向けにさせた。
目を丸くするヴィンセントに覆いかぶさり、クロードはにっこりと綺麗に笑う。
「僕も愛しています。この世の誰よりも」
ヴィンセントの胸元あたりにクロードの手が当てられた。服越しのその手が、緩慢な動きで身体を這っていく。
やがて、クロードがヴィンセントの腹筋を撫ではじめたところで、ヴィンセントはハッとしてクロードの手首を掴む。
「ク、クロード、まだあまり体調が良くないのに……」
「いまは平気です」
そう言いながらクロードはヴィンセントの首筋にキスをして、そのまま跡を付けようとするように強く吸い付いた。
「んっ、……クロード」
「いつか、こうやってあなたに触れられなくなる日が来るかもしれないと思うと、死ぬほど癪です……でも、僕がいなくなったあともクロード・オルティスという存在があなたを愛し続けるだろうということに関しては、少しホッとしています。本当に少しだけですけど……」
悔しそうな顔で、クロードはヴィンセントに口付ける。甘えるように唇を舐められたかと思うと、すぐに柔らかな舌がヴィンセントの口内へと差し込まれた。
片手だけで器用にボタンが外されていき、シャツの合わせから入ってきた手がヴィンセントの下腹部に当てられる。ただそれだけで、ヴィンセントは腹の奥がきゅうっと疼く気がした。
「ずっと覚えていてくださいね。僕がどんなふうにあなたを愛したのか」
「っ、あ……」
「ヴィンセント、僕の愛しいひと」
蜂蜜のように甘ったるく囁いて、クロードはまるで初夜のときのように丁寧にヴィンセントを抱いた。
たぶん、一生分の愛してるを告げられた気がする。
全身がとろけそうな多幸感に包まれながらうっとりと目を閉じて、ヴィンセントはクロードから与えられるすべてに身を委ねた。快感も、声も、言葉も、すべてがクロードからの愛に満ちていた。
「これからもずっと傍にいてくださいね」
秋も深まる肌寒い夜のこと。
これが『クロード』と過ごす最後の夜になるなんて、クロードの腕の中で眠るヴィンセントはまだ知る由もなかった。
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