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第5章 手紙
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しおりを挟むすっかり陽が落ちて夜が深まった頃、ヴィンセントとミラはようやく公爵家に帰り着いた。
「おかえりなさいませ。夕食の方は……」
「いい。クロードは?」
「ヴィンセント様の帰りをお待ちになられていたのですが、先ほど自室のソファで眠ってしまわれたようです」
出迎えてくれた執事の言葉を聞いてから、ヴィンセントはそのままクロードの部屋へと向かった。
ノックもせず静かに扉を開け、するりと部屋の中に体を滑り込ませる。後ろ手で音を立てぬよう気を付けながら、静かに扉を閉めた。
すでに灯りは落とされており、カーテンの開けられた窓から差し込む月明かりだけが、室内を青白く照らしている。
ソファの上に横たわるクロードをすぐに見つけたヴィンセントは、足音を消して眠るクロードへと近寄った。
眠るクロードの顔は穏やかだが、月明かりのせいもあってまるで死人のようだ。
ヴィンセントはクロードの唇の前に手のひらを持っていき、かすかな呼吸を確認してから、ゆっくりとその場に片膝をついた。
相変わらず美しい顔だ。さほど人間の美醜に関心のないヴィンセントですら見入ってしまうほど、精巧に整っている。
こんなにも美しく、そして公爵家の跡取りでもあるこの青年が、なぜヴィンセントと結婚したがったのかはいまもわからない。
ヴィンセントが命懸けでクロードを助けたからだろうか、紫の瞳が物めずらしかったからだろうか、顔立ちや体つきが好みだったからだろうか。
ヴィンセントは答えの出ない自問自答に苦笑してから、眠るクロードをそっと抱き上げてベッドへと運んだ。
慎重に歩き、クロードの体をベッドの上に横たえた……つもりだったが、ゆっくりと腕を引き抜いている最中、ぴくりとクロードの眉間に皺がよる。
しまった、と思ったときにはもう遅く、一度ぎゅっと閉じた瞼が徐々に開いていき、空色の瞳がしばし無言でヴィンセントを捉えた。
「…………ヴィンセントさん?」
「……ただいま帰りました」
「おかえりなさい」
まだ少し寝ぼけ眼のまま、クロードはうれしそうに微笑んだ。そうしてずりずりと体を動かしてベッドのスペースを開けたかと思うと、シーツの上をたんたんと指先で叩く。
「こちらへ」
「……帰ったばかりで服も着替えておりませんし、汚いかと」
「気になりません。隣にきてください」
ねだるようにクロードに袖を引かれて、ヴィンセントは迷いながらもクロードと並んでベッドの上に横たわった。
向かい合うと、クロードは目を細めて笑い、ヴィンセントを抱き締める。甘えるように首筋に顔を埋め、額を押し付けると、そのままじっと動かなくなった。
そして、再び眠ったのかとヴィンセントが思った頃合いで、クロードはぽつりと呟くように言った。
「……どうして結婚を断ってくださらなかったんですか?」
「…………?」
突然の問いかけに、ヴィンセントは目を丸くした。
言葉の意味がわからず困惑するヴィンセントを見上げるように顔を上げ、再びクロードは淡々と尋ねてくる。
「結婚式の日、クロードにそう言いましたか?」
「それは……」
言った、かもしれない。いや、少なくとも似たようなことは絶対に言った覚えがある。
正確にいうと、式を終えた後、初夜の直前に、ヴィンセントはクロードを責めたのだ。
もうどうしようもないことだとはわかっていても、言わねば気が済まなかった。
憂鬱でたまらなかったヴィンセントとは対照的に、式の最中も平然としていたクロードが恨めしかったからかもしれない。
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