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第5章 手紙
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しおりを挟む「ヴィンセント様、アリスお嬢様からお手紙です」
「アリスから?」
夜会から三日後。
ミラから手渡された封筒をしげしげと眺めてから、ヴィンセントは封を開ける。
アリスは長兄夫婦の娘で、つまりヴィンセントにとっては姪のことだった。運良く義姉に似たのか、クレイ伯爵家の人間にしては表情豊かで笑顔の愛らしい女の子だ。ちなみにもうすぐ六才になる。
『ヴィンセントおじうえへ。おかあさまにキレイなびんせんをかっていただいたので、おじうえにおてがみをかきます』
子どもらしい元気いっぱいの字で書かれたその内容に、ヴィンセントの頬が自然と緩む。
特になにか変わったことがあったわけではないらしく、手紙には日常の些細なことが書き連ねられていた。最近なにが好きだとか、いたずらをして兄夫婦に叱られただとか……。
それと、手紙の最後のほうにはこんなことも書かれていた。
『さいきんはおじうえがちっともかえってこないので、わたしはとてもさみしいです。たまにでいいので、アリスにあいにきてください。おじうえのだんなさまはこわいので、こなくていいです。おひとりでいらしてください』
子どもらしい素直なその文章に、ヴィンセントは柔らかく苦笑する。
クロードが記憶を失う前は、クロードとともに何度か実家に顔を出すこともあった。その際クロードと顔を合わせたことのあるアリスは、どうやらすっかりクロードのことを嫌ってしまっているらしい。
もともとクロードは、子ども相手だからと気安く笑顔を見せたりするタイプでもない。見た目は王子様のようなのに口を開けばつっけんどんとした物言いをするものだから、アリスは軽くショックを受けたらしかった。さらに、結婚してからヴィンセントが実家に帰る頻度が減ったため、クロードにヴィンセントを取られたと思っているのだとも兄夫婦から聞いている。
「アリスお嬢様はなんと?」
「特になにかあったわけじゃないらしい。義姉上に便箋を買ってもらったから、手紙を書きたくなったみたいだ。それと、たまには顔を見せろと」
「もう随分帰っておりませんものね」
ミラは少し懐かしげな顔をして、封筒に記載された差出人の文字を見つめている。
ミラとは夜会の前に少し言い合いのようなものをしてしまったが、いまはまた何事もなかったかのように過ごせている。別にどちらかが謝ったわけではなく、ただ自然と前と変わらぬ関係に戻れた。それこそ、まるで血の繋がった姉弟のように。
椅子に腰掛けたヴィンセントは、ちらりとミラを見上げる。
「久しぶりに実家に顔を見せに行くか」
ヴィンセントの言葉に、ミラは花が咲いたような笑みを浮かべた。彼女にしてはめずらしい、無邪気な笑みだ。
「それはいいですね。きっとアリスお嬢様も喜びます」
「すぐには無理だぞ。先にクロードから許可を取って、それから実家に手紙を送ろう」
「はい」
そのうれしそうなミラの笑みに、ヴィンセントも口元を緩める。
たまには、ミラとともに実家に帰るのも良いのではないかと思えた。クレイ伯爵家はヴィンセントの実家ではあるが、クレイ伯爵家で働く侍女の娘であり、そして自身もクレイ伯爵家の侍女であったミラにとっても当然思い出深い場所だろう。
別にこの前の口論の詫びのつもりもないが、久々の帰省を喜ぶミラの様子がヴィンセントは微笑ましかった。
ヴィンセント自身も、この前はあまり話せなかった兄夫婦たちや、アリスと久しぶりに話がしたい。……父と顔を合わせることになると思うと、少し複雑な気分だが。
「では、いつ頃にしましょうか。来週末はどうですか?」
「いいんじゃないか。夜会も終わったし、兄上たちもそう忙しくはないだろう」
「そうですね。ではまずクロード様に報告と確認を」
「わかったわかった」
ミラに急かされるようにして、ヴィンセントは立ち上がった。
今日は書類仕事を済ませると言っていたので、クロードはきっと自分の執務室にいるだろう。『なにかがあってもなくても気軽に訪ねてほしい』と言われており、実際クロードの休憩を兼ねて執務室を訪れることはいままでも幾度かあった。
クロードの元に行くため、先を歩くミラが静かに部屋の扉を開けた。すると──
「きゃ!」
扉の外から少女の短い悲鳴のようなものが聞こえた。とともに、バサッとなにかが落ちるような音がヴィンセントの耳に届く。
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