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第4章 夜会と再会と
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しおりを挟む厚い雲の隙間から半月が顔を覗かせ、ロシェルの姿を青白く照らす。銀色の髪がきらきらと輝いて、まるでそこに絵画の中の女神が立っているかのようだった。
「……誰かと思えば、クロードの妻か」
ちらりとヴィンセントを見やったロシェルは抑揚のない声でそう呟くと、そのままヴィンセントの前を通り過ぎた。そして、椅子に座るキースの足元にゆっくりと膝を付く。
「兄上、こんなところに居られたのですね」
「っ触るな!」
ロシェルの白い手が、やけに恭しくキースの無骨な手を取った。……が、その手は顔を顰めたキースによって、即座に振り払われてしまう。
そのキースの行動にヴィンセントは目を丸くしたが、ロシェル当人は平然とした様子でキースを見つめていた。
「陛下が『そろそろ時間だから戻れ』と仰っておりました」
「……わかっている」
「ワインをいったい何杯飲んだんですか? 大切な日だからお酒は飲みすぎないでほしいとあれぼど……」
「ッ……うるさい! 弟のくせに指図するな!」
「弟ではありません。従兄弟です。……もうすぐ、それだけではなくなりますが」
キースを見上げるロシェルは青い目を細めてうっそりと笑った。はたから見ていただけのヴィンセントですらどきりとする、妖艶で美しい微笑みだ。
立ち尽くすヴィンセントは、なにがなんだかわからず戸惑っていた。
突然現れたロシェルにも驚いたが、そのロシェルを煙たがるようなキースの態度にも困惑していた。
騎士団にいた頃、キースは弟のロシェルのことを誰よりも可愛がっているようだった。話に聞いた限り、ふたりは仲の良い兄弟だったはずだ。
けれども、いまのキースはまるで毛を逆立てた猫のようにロシェルを警戒しているように見える。それに、キースを見つめるロシェルの目つきもどこかおかしい気がした。
──そこでふと、ヴィンセントはあることを思い出す。
いや、そういえば、このふたりは兄弟ではなかった。
先ほどロシェルの言ったとおり、彼らは本当は従兄弟だったのだ。
キースとの話にも出た、十七年ほど前に亡くなった王弟殿下とディアナの息子がこのロシェルだった。
当然といえば当然だが、ふたりが亡くなったあと国王はロシェルを引き取り、ロシェルは第四王子となった。とはいえ王位継承権はなく、なにより国王の子でもないため、ロシェルの立場はなかなか不安定なものだったらしい。
そこで、ロシェルに対して本当の兄のように接したのがキースだったのだという。
キース自身も王位継承権がなく、母の身分が低いことで嫌な思いをしてきた分、なにかしらロシェルと重なる部分があったのかもしれない。もしくは、ロシェルがディアナの息子だったから……という単純な理由から目を掛けたのだろうか。
詳しいことはヴィンセントもわからない。だが、とにかくふたりは仲のいい兄弟なのだとキース本人から聞いていた。
しかし──
「……わかったからお前はもう戻れ」
「先に戻るのは兄上のほうです。髪も乱れていますし、少し頭を冷やしてください」
「なっ……!」
キースの顔に赤みが差す。
そんなキースを見つめたまま、ロシェルはにこやかに微笑んでこう言った。
「兄上、あなたが陛下の前で仰ったのですよ。『自分より剣の腕の立つ者でなければ結婚しない』と」
「…………」
「恨むなら俺ではなく、慢心していた過去の自分を恨むんですね」
「ロシェルっ!」
ヴィンセントは立ち上がったキースがロシェルを殴るかと思ったが、キースは奥歯を噛み締めて握った拳を震わせるだけだった。
やがて、キースは悔しそうに顔を背け、ヴィンセントへと向き直る。
「もういい……ヴィンス、戻るぞ」
「いいえ、兄上ひとりでお戻りください。俺もクロードの妻とは少し話がしたいと思っていたので」
キースは鋭くロシェルを睨んだが、ロシェルは涼しい表情のまま。
そうこうしていると、離れた所に待機していたらしいキースの従者がキースの元にやってきた。
「殿下、陛下がお呼びです」
「わかっている……!」
キースはイライラとした様子で返事をした後、気遣わしげな目をヴィンセントへと向ける。
「……もし、ロシェルがお前にとって不快なことを言い出したら、すぐにその場を去れ。俺が許す」
「は、はあ……」
「構いませんよ。そんなに長々と話をするつもりもないですしね」
そう言って、先ほどまでキースが腰掛けていた椅子の隣の席にロシェルは悠然と腰を下ろした。
キースは胡乱な目でロシェルを見ていたが、やがて従者に促され、渋々といった様子で会場内へと戻って行く。
そうして、その場にはヴィンセントとロシェルだけが残された。
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