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第4章 夜会と再会と
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しおりを挟む庭園の中央には噴水があり、そこから少し離れたところにはテーブルと椅子が置かれていた。おそらく、簡単なお茶会のときなどに使う用の物だろう。
ヴィンセントの前を歩いていたキースは、どかりとその椅子へと腰掛けた。手に持っていたグラスの中のワインが跳ねるように揺れたが、奇跡的にこぼれることはなかった。
ヴィンセントは少し距離を置いて、キースの向かいに立つ。
自身がキースになにか危害を加えるはずもないが、近くに身を潜めているキースの護衛たちに無用な心配をかけたくはなかった。とはいえ、腰に剣を差したキースと丸腰のヴィンセントでは、そんな心配が無用なことは一目瞭然ではあるが。
短い沈黙の後、美しい金色の瞳が立ったままのヴィンセントを楽しげに見上げる。
「元気にやっていたか?」
「はい」
「そうか。それはなにより」
キースは再びワインに口をつける。そして、口元を歪めるようにして笑った。
「あの男は?」
「クロード様のことでしたら、いまはご友人とお会いしているのかと……」
「ほう、以前は鬱陶しいくらいお前に付き纏っていたあの男がか。……記憶喪失になれば、あんな男でも少しは変わるんだな」
その言葉になんと返していいのかわからず、ヴィンセントは黙っていた。
会場内の演奏とともに、どこか遠くから虫の鳴く声も聞こえてくる。ヴィンセントは口を閉じたまま、じっとキースの言葉を待った。
「……ヴィンス」
「はい」
「……お前、いま幸せか?」
脈絡のないその問いにヴィンセントは一瞬戸惑ったものの、すぐにまた「はい」と答えた。
疑うようなキースの目が、射抜くようにヴィンセントへと向けられる。その瞳にはなぜか、縋るような必死な色も浮かんでいた。
「それは本心か? 騎士の仕事を奪われて、好きでもない男に抱かれて、なにも知らない連中に好き勝手に馬鹿にされて、それでも幸せなのか?」
「殿下……?」
どこか、キースの様子がおかしいような気がした。
いつも堂々とした自信に満ちあふれたひとだったのに、いまはまるでなにかに追い立てられているような口振りだ。
「殿下、酔っておられるのですか?」
「酔ってなどいない。……いや、酔いたいのだ。酔わなければやってられない……」
そう言って、キースはまたワインを喉に流し込む。
空になったワイングラスをテーブルに叩きつけるように置き、睨むような目でキースはヴィンセントを見つめる。
「……答えてくれ、ヴィンス。俺はお前の答えを聞きたい」
「殿下……」
戸惑いつつ、ヴィンセントは矢継ぎ早に尋ねられた問いかけの答えを考えた。
いや、考えるまでもないのだ。クロードと結婚したいまが幸せかどうかなんて、答えはわかりきっている。
「……殿下。殿下はまずひとつ、勘違いなされていることがあります」
「勘違い……?」
「俺は、クロード様を愛しています。なので、好きでもない男に抱かれているわけではないのです」
「…………」
「経緯がどうあれ、あの方と結婚できたことは俺の人生の中で最大の幸せです」
キースは唖然とした表情を浮かべていた。
その後、納得いかないとでも言いたげな、むすっとした顔をする。
「……以前は、どうしても結婚したくないと言っていたくせに」
「それは……あのときはまだ、クロード様のことをよく知りませんでしたし、オルティス公爵家に迷惑がかかると思って……」
「結局はあのクソガキに絆されたわけか……」
ため息をついたキースは前髪を掻き上げ、そのままガシガシと頭を掻いた。綺麗にセットされていた髪が崩れ、乱れる。
「俺は……俺にはそんなことは無理だ。あいつを愛したりなんてできない。これからもただの王子で、騎士でいたい……」
「……殿下、もしやご結婚なさるのですか?」
「しない!! ……いや、したくない……」
消え入りそうな声で言葉を付け加えた直後、苦虫を噛み潰したような顔でキースは頭を抱えた。
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