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第4章 夜会と再会と
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しおりを挟む「兄上……」
そこには、ヴィンセントの一番上の兄であるジャスティン・クレイが立っていた。
ヴィンセントと目が合うと、ジャスティンは軽く片手を上げてくる。会うのは一年振りくらいだろうか。あまり変わりはないようで、その兄の姿にヴィンセントは懐かしさを覚えた。
そんなヴィンセントを見上げながら、カタリナは穏やかに微笑んで言う。
「私たちがあそこからクロードを引っ張り出してくるから、その間あなたは久しぶりにお兄様とお話しでもしてきたらどうかしら? 私もクロードと話したいことがあるから、ちょうどいいのよ」
「それは……か、カタリナ様っ」
ヴィンセントが返事をする前に、ドレスの裾を持ち上げたカタリナは優雅に人集りへと近づいていく。
すると、「まあ、そういうことだから」と言って、アルバートも彼女の後を追うように人集りの中へと入って行ってしまった。
残されたヴィンセントがどうしたものかとその場で思案していると、隣から「ヴィンセント」と懐かしい声で名前を呼ばれた。
「兄上……」
「なんだかんだで、会うのは久しぶりだな」
ジャスティンは無表情だったが、その声はわずかに弾んでいた。
顔も性格も、兄弟全員似ている。故に、ジャスティンもヴィンセントと同じく無愛想な男だった。
「お元気そうでなによりです。……義姉上は?」
「いまは別室で休んでいる。……長居してもそう楽しいところでもないしな」
囁くように告げられた言葉に、ヴィンセントも苦笑しながら小さく頷く。
どうやら、冷たい視線にさらされているのは兄夫婦も同じらしい。
その後、ジャスティンは目を泳がせながら、徐に口を開いた。
「なんと言っていいのか……お前も色々と大変だったな。だが、思ったより元気そうで安心した」
「ええ、まあ」
実家には、クロードの記憶喪失のことは当然報告している。父は多少騒いだが、それを理由にヴィンセントが離縁されたりする心配がなさそうなことに気づくと、途端に大人しくなった。
ふと、ヴィンセントは辺りを見回す。
「……父上は?」
「さあ? どこかそこらへんにいるんじゃないのか? あのひとは相変わらずだよ」
ジャスティンはどこか自嘲的にも思える笑みを浮かべて、そう吐き捨てた。
会場内のどこかにいるであろう父が、今も尚うだつが上がらない貴族たちと下らないビジネスの話をしているのだと思うと、ヴィンセントは妙に虚しい気分になった。
昔は不器用だがそう悪いひとでもなかったのに、母が死んで、ヴィンセントがクロードを助けてから、父は変わってしまった。いや、ヴィンセントが知らなかっただけで、いまの父こそが父の本当の姿なのだろうか。
「……それで、兄上は──……」
「身の程知らず」
どこからか聞こえてきた声に、ヴィンセントはぴたりと口を噤んだ。
その囁きを皮切りに、さらにぽつりぽつりと老若男女入り混じった多くの声が、至る所からヴィンセントたちの耳に届きはじめる。
「貴族の恥」
「愚か者」
「惨めなひと」
「強欲なクレイ伯爵家」
「お可哀想なクロード様……」
「お前が落馬すればよかったのに」
背筋がぞくりとした。
一瞬、幻聴なのではないかとすら疑った。
ヴィンセントは辺りに視線を巡らせるが、どこの誰が発した言葉なのかはわからない。あまりに数が多すぎるのだ。
周囲にいる貴族たちは皆、ヴィンセントたちの方をはっきりとは見ていない。だが、口元に薄ら笑いを浮かべて、誰もがクレイ兄弟の様子を窺っているようだった。
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