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第3章 二度目の初夜
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夕食後、ヴィンセントは浴室で丹念に体を磨き上げられた。
普段から入浴の世話をしてくれる者はいるが、閨事がある日は人数が一人から三人に増える。さらに、浴室から出たあとは美容クリームやらなんやらを傷痕だらけの体に塗り込まれて、体を柔らかくするためのマッサージまでされるのだ。
至れり尽くせりとはこのことである。
しかし、裸を晒すこの時間がヴィンセントは少し苦手だった。恥ずかしいし、申し訳なく感じる。あちらはプロで、しかも皆年配の使用人たちなので気にしてはいないのだろうが、ヴィンセントは未だに慣れない。
その後は鏡台の前で、ミラに髪を整えられた。そう長くもないヴィンセントの黒髪に、ミラは丁寧に櫛を通してくれる。
ヴィンセントはやることもなく、ぼうっと鏡に映る自分の姿を眺めた。
顔立ちがそこそこ整っている方だという自覚はヴィンセントにも一応あるが、かといってクロードと釣り合いがとれるような美しさを持っているわけでもない。
ただ、紫の瞳だけはいつも人目を引いた。
祖母譲りのこの目だけは、美しいと褒められることが多かった。
あのクロードも、おそらくヴィンセントの瞳は気に入っていたと思う。
クロードは閨事のときによく喋るほうではなかったが、瞳のことを褒められることはよくあった。
ヴィンセントがあまりの快感に目を瞑ってしまうと、瞳を見せてほしいとクロードにせがまれ、そっと目を開けると、欲に満ちた青い瞳がヴィンセントを見下ろしているのだ。
──思い出すと、腹の底がぞくりとする。
こんなことをいうと好き者のようだが、ヴィンセントはクロードと閨をともにする時間がなによりも好きだった。肌を触れ合わせていると、それだけで自分たちが本当に愛し合っている夫婦のように思えたのだ。
クロードを愛していることに気付いたのはクロードが落馬事故にあってからだったが、もしかすると随分前からヴィンセントはクロードを愛していたのかもしれない。なにもかも今更ではあるが。
髪を整えられたあとは、バスローブから寝衣に着替える。柔らかく、軽く、シルクのような手触りのそれを羽織り、腰のあたりにぶら下がる幅広の紐を結んで前を閉じれば、それで支度は終わりだ。
「なにか、ワインでもお飲みになられますか?」
「いや、いい」
「では、私はもう下がりますが……」
ミラはなんとも心配そうな顔をしていた。
思えば、公爵家に嫁いできて初めての夜──つまりは初夜のときも、こんな顔をしていた気がする。あの時もなぜか、ヴィンセントよりもミラの方がよっぽど緊張していたのだ。
ふいにそれを思い出し、ヴィンセントはくすりと小さく笑った。
「大丈夫だ。別に初めてってわけでもない」
「ですか、いまのクロード様は以前のクロード様とは別人のようなので……」
「そうだな。だが、いまのクロード様に経験がなくても、俺の方は経験豊富だ」
ヴィンセントが冗談めかしてそう言うと、ミラは呆れたような顔をした。そして、肩をすくめてから柔らかく微笑む。
「……では、私はこれで。少しの間は外に立っておりますので、なにかありましたらベルでお呼びください」
「たぶん呼ぶことはないから、今日は早めに部屋で休んでくれ」
返事はせず、ミラは美しくお辞儀をして部屋を出て行った。きっと、夜が深まるまで扉の前に待機するつもりなのだろう。
その真面目さに苦笑しつつ、ヴィンセントは自室のソファに腰を下ろした。
普段から入浴の世話をしてくれる者はいるが、閨事がある日は人数が一人から三人に増える。さらに、浴室から出たあとは美容クリームやらなんやらを傷痕だらけの体に塗り込まれて、体を柔らかくするためのマッサージまでされるのだ。
至れり尽くせりとはこのことである。
しかし、裸を晒すこの時間がヴィンセントは少し苦手だった。恥ずかしいし、申し訳なく感じる。あちらはプロで、しかも皆年配の使用人たちなので気にしてはいないのだろうが、ヴィンセントは未だに慣れない。
その後は鏡台の前で、ミラに髪を整えられた。そう長くもないヴィンセントの黒髪に、ミラは丁寧に櫛を通してくれる。
ヴィンセントはやることもなく、ぼうっと鏡に映る自分の姿を眺めた。
顔立ちがそこそこ整っている方だという自覚はヴィンセントにも一応あるが、かといってクロードと釣り合いがとれるような美しさを持っているわけでもない。
ただ、紫の瞳だけはいつも人目を引いた。
祖母譲りのこの目だけは、美しいと褒められることが多かった。
あのクロードも、おそらくヴィンセントの瞳は気に入っていたと思う。
クロードは閨事のときによく喋るほうではなかったが、瞳のことを褒められることはよくあった。
ヴィンセントがあまりの快感に目を瞑ってしまうと、瞳を見せてほしいとクロードにせがまれ、そっと目を開けると、欲に満ちた青い瞳がヴィンセントを見下ろしているのだ。
──思い出すと、腹の底がぞくりとする。
こんなことをいうと好き者のようだが、ヴィンセントはクロードと閨をともにする時間がなによりも好きだった。肌を触れ合わせていると、それだけで自分たちが本当に愛し合っている夫婦のように思えたのだ。
クロードを愛していることに気付いたのはクロードが落馬事故にあってからだったが、もしかすると随分前からヴィンセントはクロードを愛していたのかもしれない。なにもかも今更ではあるが。
髪を整えられたあとは、バスローブから寝衣に着替える。柔らかく、軽く、シルクのような手触りのそれを羽織り、腰のあたりにぶら下がる幅広の紐を結んで前を閉じれば、それで支度は終わりだ。
「なにか、ワインでもお飲みになられますか?」
「いや、いい」
「では、私はもう下がりますが……」
ミラはなんとも心配そうな顔をしていた。
思えば、公爵家に嫁いできて初めての夜──つまりは初夜のときも、こんな顔をしていた気がする。あの時もなぜか、ヴィンセントよりもミラの方がよっぽど緊張していたのだ。
ふいにそれを思い出し、ヴィンセントはくすりと小さく笑った。
「大丈夫だ。別に初めてってわけでもない」
「ですか、いまのクロード様は以前のクロード様とは別人のようなので……」
「そうだな。だが、いまのクロード様に経験がなくても、俺の方は経験豊富だ」
ヴィンセントが冗談めかしてそう言うと、ミラは呆れたような顔をした。そして、肩をすくめてから柔らかく微笑む。
「……では、私はこれで。少しの間は外に立っておりますので、なにかありましたらベルでお呼びください」
「たぶん呼ぶことはないから、今日は早めに部屋で休んでくれ」
返事はせず、ミラは美しくお辞儀をして部屋を出て行った。きっと、夜が深まるまで扉の前に待機するつもりなのだろう。
その真面目さに苦笑しつつ、ヴィンセントは自室のソファに腰を下ろした。
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