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第2章 目覚めたクロード
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「きっと、記憶を失っても心が覚えていることはあるのね。だから、クロードはあなたの傍に居たがるのよ」
「はあ……」
公爵夫人の憶測に、ヴィンセントはなんともいえず苦笑いをする。
おそらく、泣いているところを慰めたことでヴィンセントに心を開いただけだと思うが、わざわざ訂正するほどのことでもない。
ヴィンセントはカットされたケーキをフォークで口に運びながら、公爵夫人が本題を切り出すのを待っていた。
少し長い沈黙の後、ティーカップをソーサーに置いた公爵夫人は徐に口を開く。
「それで、今日はあなたにお願いしたいことがあるのだけれど」
「はい」
「跡継ぎのことなのだけれど」
「……はい」
ずっと忘れていた──否、忘れたふりをしていた現実を突きつけられ、ヴィンセントは表情を硬くしながらも小さく頷いた。
公爵夫人は扇で口元を隠しつつ、どこか早口で喋りはじめる。
「もちろん、契約うんぬんのことを持ち出す気はないのよ? クロードもあんな状態だったんですもの。でも、現実問題として、跡取りをどうするのかは考えなければいけないわ」
「はい」
「……ヴィンセントはどう? いまのクロードを受け入れられる?」
遠回しに、いまの別人のようになったクロードに抱かれることができるか、ということを聞かれているのはヴィンセントにもわかった。
考えるのも気恥ずかしいが、それは尋ねてきた公爵夫人も同じはずだ。彼女だって、本当はこんな話はしたくないだろう。
「もちろん無理にとは言わないわ。夜をともにしたからといって子どもができるとは限らないし、養子を取ることもできる。ただ、あなたの意見を確認させてほしいの」
「俺は大丈夫です。しかし、クロード様がそれをどう思うか……」
「そうね……いまのあの子はどこか子どもみたいだから……でも、体は健康的な二十三歳であることには変わりないわ」
それはそうだが、だからといっていまのクロードがヴィンセントを抱けるかどうかは、また別の話である。
もしかすると、今度こそクロードは本当に第二夫人を娶ることになるのかもしれない。
クロードを愛していると気付いた後にこんなことになるなんて、皮肉なものだ。
しかし、もしクロードがもうひとり妻を娶りたいと言っても、ヴィンセントは拒まないだろう。もし、ひとり離れに移動してほしいと言われたら、それにも従う。
どちらもヴィンセント自身がクロードに告げたことだ。自分の口から出た言葉には、自分が責任を持たなければいけない。
いまさら自分だけを愛してほしいだなんて、そんな身勝手なことは言えるはずもなかった。
しかも、クロードが記憶を失う原因を作ったのはヴィンセントなのだ。
「クロードには今日、クラウスから同じような話をするそうだから、あとはあなたたちふたりで話し合ってくれたら有難いのだけれど……」
クラウスとは、クロードの父──つまりはクラウス・オルティス公爵のことである。
ということは、クロードも今頃、ヴィンセントと同じように跡継ぎをどうするかの話を公爵と話しているのかもしれない。
退行というほどではないが、以前よりも遥かに幼くなってしまったクロードは、ヴィンセントとの閨事の話をいったいどう思うだろう。
顔を真っ赤にするか、それとも青褪めるか。
どちらにせよ、ヴィンセントの想像の中のクロードはひどく取り乱していた。
「……わかりました。クロード様がお戻りになられたら、ふたりで話し合ってみます」
閨事についての話をクロードとふたりでするのは気恥ずかしいが、養父母を交えてするよりは遥かにマシだろう。
公爵夫人は申し訳なさそうな顔をする。
「あなたには大変な思いばかりさせてしまってごめんなさいね」
「いえ、そのようなことは」
「大変じゃないわけないわ。勝手に結婚を決められて、たった一年で夫が記憶喪失になるなんて……」
とはいえ、その原因を作ったのはヴィンセントなのだ。
悲劇のヒロインぶるには、ヴィンセントは愚かすぎた。
ちょうどそこで、窓の外から騒がしい馬車の音が聞こえてくる。
「噂をすれば、クラウスたちが戻ったようね」
出迎えをするため公爵夫人とヴィンセントは同時に立ち上がり、ふたりは足早に部屋を後にした。
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