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第2章 目覚めたクロード
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「なるべく多くの時間を、僕と一緒に過ごしてほしいんです」
朝食後、日課のようにヴィンセントがクロードの部屋を訪れると、ベッドに横たわったままのクロードがそんなことを言いだした。
どこか懇願するような雰囲気を醸し出すクロードに、ヴィンセントはゆっくりと目を瞬かせる。
「は、はあ」
「……嫌ですか?」
曖昧な返事をすると、クロードの表情がわかりやすく曇った。
ヴィンセントは慌てて首を横に振る。
「いえ、そういうわけでは。ただ、突然だったので少し驚いて……」
「……医者に、前のクロードさんと同じ行動をとったり、家族の方たちとたくさん言葉を交わしたほうが良いと言われたんです。記憶が戻る手掛かりになるかもしれない、と」
「なるほど……」
それで、ヴィンセントとなるべく多くの時間を過ごしたいというわけか。
そう納得しながらも、本当にその相手がヴィンセントで良いのだろうか……と、ヴィンセントは無表情のまま戸惑った。
仮面夫婦というほどではないかもしれないが、クロードとヴィンセントの結婚生活はさほど円満でもなかった。
ヴィンセントよりも、公爵夫妻や昔からいる使用人たちとともにいるほうが、まだ記憶を取り戻せるチャンスは多い気がする。
とはいえ、いまのクロードは以前のクロードとヴィンセントの関係性を知らないので、ヴィンセントに期待するのも無理はないが。
「俺でいいのですか?」
「なにがです?」
「公爵夫妻や使用人の方々のほうが、俺よりあなたと過ごした時間は長いのですが……」
「僕はヴィンセントさんがいいです。ヴィンセントさんでなければ嫌です」
「そ、そうですか……」
断言するようなクロードの言葉に少々面食らいつつ、ヴィンセントは小さく頷く。
「であれば、わかりました。俺は大体部屋にいることが多いので、いつでも訪ねていただいて大丈夫です。使いを寄越してくれれば、俺がクロード様の元に参ります」
はっきりいってしまうと、ヴィンセントは公爵家に嫁いできてからほとんど何もやることがなく、暇だった。
屋敷のことは公爵夫人と執事長たちが取り仕切っており、社交に関しても公爵夫人やクロードに連れられて少し顔を見せるくらいで、特に積極的に他の貴族と交流を持ったりもしていない。
起きて、天井が高く部屋が広いのを良いことに自室で剣の素振りをして、食事をして、部屋でのんびりして、時々公爵夫人とお茶を飲んで、月に一度だけ閨の務めをはたして、そして寝る──思い返してみると、なかなかひどい怠惰な生活である。
しかし、暇であるということは、それだけ時間があるということだ。というか、有り余っている。
クロードの要望に応えるのは容易いことだろう。
「ありがとうございます」
クロードは嬉しそうに微笑んだ。そして、付け加えるように言葉を続ける。
「……それと、もう一つお願いしたいことがあるのですが……」
「なんでしょうか?」
「その……僕への話し方を変えることはできませんか?」
「話し方、ですか?」
ヴィンセントは小首を傾げた。
ひどく言いづらそうな表情を浮かべながら、クロードは呟くように言う。
「すごく他人行儀というか……ヴィンセントさんと話しているとき、あまりパートナーと言葉を交わしてる感じがしないんです」
『……お前と話していると、従者と話している気分になる』
以前のクロードの言葉を思い出し、ヴィンセントは一瞬どきりとした。
そして、無言でまじまじとクロードを見る。
この青年も間違いなくクロード・オルティスなのだと、改めて思い知らされたような気分だった。
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