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第2章 目覚めたクロード
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ハンカチで涙を拭いながら鼻水をすするクロードの背中を、ヴィンセントはゆっくりとさすってやった。
正直なぜ泣き出したのか理由はわからないが、記憶を失えば誰だって不安になるだろう。
目覚めた途端にお前は公爵家の嫡男だといわれ、おまけに妻は自分よりも年上の無愛想な男なのだ。取り乱すなというほうが無理な話である。
その後、少し落ち着いたらしいクロードは、涙を堪えながら切々と語りだす。
「……皆、僕が以前のクロードさんとなにもかも違うと……でも、早く元に戻ってほしいと言われても、僕は自分のこともなにもわからなくて……もし記憶が戻らなかったら、僕はいったいどうなるのか、想像すると怖くてっ……!」
「大丈夫、大丈夫ですよ。なにも怖いことなんてありません。俺が傍にいます」
背中を撫でながら、ヴィンセントはなるべく柔らかな声で語りかけた。
すると、クロードはいっそうワッと声を上げて泣き出したかと思うと、今度はヴィンセントの胸にすがり付いた。
シャツが涙で濡れていくのを感じたが、それを理由にクロードを引き剥がすほどヴィンセントも薄情ではない。
ヴィンセントはおずおずと腕を持ち上げ、クロードの金髪を優しく撫でた。
閨事のときに何度か触れたことのあるさらさらとしたその手触りに、ヴィンセントはなんともいえない気持ちになる。
顔も、体も、髪も、声も、間違いなくクロードのものなのに、目の前にいる青年は間違いなくクロードなのに、どうしてもクロードだと思えない。
本当のクロードなら、たとえ妻のヴィンセントが相手であっても、使用人がいる前でこんな風に弱さを見せたりはしないだろう。
それに、一人称も、喋り方も、立ち振る舞いも、容姿と声以外のなにもかもが、以前のクロードとは異なっている──……
そこまで考えて、ヴィンセントは自嘲した。
あんなことを言っておいて、いまのクロードと過去のクロードを比べている自分が嫌になる。
結局は、他の誰よりもヴィンセント自身が、目の前のクロードが記憶を取り戻すことを望んでいるのかもしれない。
数分後、ようやく泣き止んだクロードはひどく恥ずかしそうにヴィンセントの胸元から顔を上げた。
「す、すみません……服が……」
「大丈夫です。どうせあとで着替えます」
顔を真っ赤にして涙ぐんだ目にハンカチを当てる仕草は、二十三歳にしてはやはりどこか幼かった。
そこで、扉をノックする音が響き、クロードの代わりにヴィンセントが返事をすると、クロードの従者のひとりが部屋の中に入ってくる。
「旦那様が、三十分ほどクロード様とお話がしたいとのことです」
「わかりました。では、俺は部屋に戻ります」
そう言って立ち上がったヴィンセントの腕を、ふいにクロードが縋るように掴んだ。
何事かとヴィンセントがクロードを見ると、クロードは捨てられた子犬のような、愛らしくも切ない表情でヴィンセントを見上げていた。
「……クロード様?」
「また、会いに来てくださいますか……?」
「ええ。また来ます」
ヴィンセントがあっさり頷くと、クロードはホッとしたように頬を緩めた。
その微笑み方も以前のクロードとはまったく違うものではあったが、その微笑み自体はヴィンセントも愛おしく思えた。
正直なぜ泣き出したのか理由はわからないが、記憶を失えば誰だって不安になるだろう。
目覚めた途端にお前は公爵家の嫡男だといわれ、おまけに妻は自分よりも年上の無愛想な男なのだ。取り乱すなというほうが無理な話である。
その後、少し落ち着いたらしいクロードは、涙を堪えながら切々と語りだす。
「……皆、僕が以前のクロードさんとなにもかも違うと……でも、早く元に戻ってほしいと言われても、僕は自分のこともなにもわからなくて……もし記憶が戻らなかったら、僕はいったいどうなるのか、想像すると怖くてっ……!」
「大丈夫、大丈夫ですよ。なにも怖いことなんてありません。俺が傍にいます」
背中を撫でながら、ヴィンセントはなるべく柔らかな声で語りかけた。
すると、クロードはいっそうワッと声を上げて泣き出したかと思うと、今度はヴィンセントの胸にすがり付いた。
シャツが涙で濡れていくのを感じたが、それを理由にクロードを引き剥がすほどヴィンセントも薄情ではない。
ヴィンセントはおずおずと腕を持ち上げ、クロードの金髪を優しく撫でた。
閨事のときに何度か触れたことのあるさらさらとしたその手触りに、ヴィンセントはなんともいえない気持ちになる。
顔も、体も、髪も、声も、間違いなくクロードのものなのに、目の前にいる青年は間違いなくクロードなのに、どうしてもクロードだと思えない。
本当のクロードなら、たとえ妻のヴィンセントが相手であっても、使用人がいる前でこんな風に弱さを見せたりはしないだろう。
それに、一人称も、喋り方も、立ち振る舞いも、容姿と声以外のなにもかもが、以前のクロードとは異なっている──……
そこまで考えて、ヴィンセントは自嘲した。
あんなことを言っておいて、いまのクロードと過去のクロードを比べている自分が嫌になる。
結局は、他の誰よりもヴィンセント自身が、目の前のクロードが記憶を取り戻すことを望んでいるのかもしれない。
数分後、ようやく泣き止んだクロードはひどく恥ずかしそうにヴィンセントの胸元から顔を上げた。
「す、すみません……服が……」
「大丈夫です。どうせあとで着替えます」
顔を真っ赤にして涙ぐんだ目にハンカチを当てる仕草は、二十三歳にしてはやはりどこか幼かった。
そこで、扉をノックする音が響き、クロードの代わりにヴィンセントが返事をすると、クロードの従者のひとりが部屋の中に入ってくる。
「旦那様が、三十分ほどクロード様とお話がしたいとのことです」
「わかりました。では、俺は部屋に戻ります」
そう言って立ち上がったヴィンセントの腕を、ふいにクロードが縋るように掴んだ。
何事かとヴィンセントがクロードを見ると、クロードは捨てられた子犬のような、愛らしくも切ない表情でヴィンセントを見上げていた。
「……クロード様?」
「また、会いに来てくださいますか……?」
「ええ。また来ます」
ヴィンセントがあっさり頷くと、クロードはホッとしたように頬を緩めた。
その微笑み方も以前のクロードとはまったく違うものではあったが、その微笑み自体はヴィンセントも愛おしく思えた。
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