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第2章 目覚めたクロード
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しおりを挟むクロードが目を覚ましてから三日。
生きてさえいれば、どんな状況であっても朝は来る。
そう、たとえ何が起こったとしても。
「おはようございます」
「お、おはようございます……」
朝食を終えたヴィンセントがさっそくクロードの部屋を訪れると、クロードもちょうど食事を終えたところのようだった。
クロードが横たわるベッドの隣に置かれていた椅子に腰を下ろし、ヴィンセントはなるべく柔らかな声でクロードに話しかける。
「体調はどうですか?」
「もう、だいぶ良くなりました。たぶん……」
クロードは俯き加減で曖昧に答えた。以前の尊大ともいえる堂々とした態度が嘘のような、どこか頼りなく、幼い雰囲気である。
二週間の眠りから目を覚ましたクロードは、記憶を失い、まるで別人のような大人しい青年になっていた。
ヴィンセントのことはもちろん、両親のことも、自分のこともなにも覚えていない。
目覚めたばかりのクロードはひどく戸惑い、伴侶であるはずのヴィンセントにさえ怯えていた。
医者が言うには、落馬した際に頭を強く打ちつけたことによる記憶障害が起きているらしかった。
『ふとした瞬間に突然記憶が戻るかもしれませんし、徐々に記憶が甦ってくるかもしれませんし、もしかすると一生記憶が戻らないかもしれません』
そんな、希望を持っても良いのか悪いのかもわからない言葉を医者から告げられ、ヴィンセントは一時呆然とした。
しかし、そのときクロードの母がクロードを抱きしめながら言ったのだ。
『生きていてくれるだけでいいわ。子どもが親より先に死ぬことより悲しいことなんてないもの』
その言葉を聞いて、ヴィンセントは自身が絶望を覚えたことを恥じた。
そうだ。生きてさえいればいい。
ヴィンセントがイリスの樹に願ったのも、クロードが死なずに目覚めることだった。
そう思えば、願いは確かに叶ったのだ。
「あ、あの……」
青い瞳が、ようやくヴィンセントを見つめた。
その瞳の美しさは、以前となんら変わりない。けれども、その瞳がこんなにも不安げに揺れるのを見たのは今日が初めてだった。
「どうされました?」
「……昔の僕は、どんな人でしたか?」
唐突なその問いに、ヴィンセントは少し考えてからゆっくりと答えた。
「優しい方でした」
「優しい、ですか……」
クロードは困惑したような表情を浮かべる。
「……父上は、いまよりもっと偉そうだったとおっしゃっていました」
「偉そう……」
ヴィンセントは密かに苦笑した。
確かに尊大ではあった。しかし、悪気はなかったのだと思う。公爵家の嫡男として背負っているものも多く、気を張っていた部分もあったはずだ。
実際、ヴィンセントはクロードに見下されているような態度を取られたことは一度もない。
むしろ、クロードはヴィンセントのへりくだったような態度や喋り方を嫌がっていたほうだった。
「偉そうというか、確かにどちらかといえば気が強い方だったとは思いますが……でも、本当に立派な方でした。お義父様の仕事の補佐もしっかりと務められておりましたし……」
そこまで言って、ヴィンセントは口を噤む。
記憶を失って目覚めたたばかりで、仕事の話はまだ早かったかもしれない。
だが、公爵はクロードの記憶が戻らなくても、数日後にはクロードを自分の仕事に同行させるつもりらしかった。
それでなにかを思い出してくれれば……という淡い期待もあるのだろう。
それに、もしクロードの記憶が戻らなかった場合は、また一から領主の仕事を学ぶ必要があるのだ。
もしものことを考えれば、一日でも早く仕事に復帰して、領主の仕事を覚えてほしいのが公爵の本音なのだろう。
教わるクロードはもちろん、教える公爵もなかなか骨が折れる作業になるのは容易に想像できた。
「……とにかく今は、安静に──」
「ヴィンセントさんは、クロードさんのことを愛していたんですか?」
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