遠のくほどに、愛を知る

リツカ

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第1章 お茶会と悲劇と

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 イリスの樹というものがある。
 幹も葉も雪を纏ったように白く、冬には赤い花が咲き、冬の終わりに赤い実がなる。いまのところ世界に四本しかない、めずらしい大樹だ。

 その神秘的な美しさから植林に励む者も多いが、どれほど木の育林に詳しい者が手掛けても芽吹くことなく土の中で種が腐って終わることが大半らしい。
 非常に美しく、なにより繊細な木だ。

 そのたった四本のうちの一本が、オルティス公爵家の庭にある。
 遠くの小国の令嬢が嫁いでくる際、オルティス公爵家に持ち込んだ種がなぜか奇跡的に芽吹き、育ったものだという。

 ヴィンセントが公爵家に嫁いできて初めて迎えた冬、赤い花を咲かせた純白の木はまばゆいほどに美しかった。

『気味が悪いだろう。……だが、神の木だという者もいる。祈れば神に願いが届くと』

 その美しさに目を奪われていたヴィンセントの隣で、イリスの樹を見上げたクロードは淡々とそう言った。
 どこか冷めたその横顔を見て、この方はなにかをこの木に願ったことがあるのだと、ヴィンセントはなんとなく察した。おそらくその願いが叶わなかったことも。







 広大な庭の片隅にあるイリスの樹の根元に膝をつき、ヴィンセントは祈るように目を閉じていた。
 あのとき、神の木だなんて信じたわけではなかった。そもそも、ヴィンセントは神の存在なんて信じてもいなければ、敬ってもいなかったのだ。

 誰にも言ったことはない。騎士として働いていた頃は、周りに神を信じ、信仰しているものが多かったから。
 しかし、ヴィンセントは常々、神に救いを求める行為を無意味だと思っていた。

 もし本当に神がいるのなら、ヴィンセントが幼い頃に病で死んだ母をなぜ助けてくれなかったのか、戦場で死んだ友をなぜ助けてくれなかったのか。
 神を信じ、祈る同胞を横目に、ヴィンセントはいつも考えていた。いや、ヴィンセントの中で答えは出ていたのだ。

 神はいない。もしくは、いても人々を救ってはくれない、残酷な存在でしかないのだと。

 しかし、いまヴィンセントはイリスの樹の元で膝をつき、祈っている。心の中で存在を否定し、残酷だと貶したことを神に詫びながら、救いを与えてくれることを願っている。

 本当に意味があるのかなんてわからない。
 だが、なにもしないでいると気が狂ってしまいそうなのだ。

 ヴィンセントが長いことそうしていると、後ろから草を踏む軽い足音が聞こえてきた。
 やがてそれはヴィンセントの近くで止まり、ヴィンセントの背中に柔らかな声がかけられる。

「ヴィンセント様、お医者様がいらっしゃいました」
「……ああ」

 振り返ると、気遣わしげな顔をしたミラが立っていた。そんな顔をさせてしまっていることを申し訳なく思いながらも、こればかりはヴィンセントにもどうすることもできない。
 ヴィンセントはゆっくりと立ち上がり、ミラとともに屋敷の中へと戻ることにする。


 クロードが落馬事故にあってからもう二週間近くがたっていたが、クロードの意識はいまだに戻らないままだった。
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