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第1章 お茶会と悲劇と
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しおりを挟むたぶん、誤解がある。
なぜだかクロードは、ヴィンセントに嫌われ、恨まれていると勘違いしているようだった。
「あの……」
「お前は……」
「あ、どうぞ」
声をあげたタイミングがまったく同じだったので、ヴィンセントはすぐさま会話を譲る。
その後、クロードはなんとも歯痒そうな顔をしながら、ぽつぽつと静かに話しだした。
「……お前は、俺が、どんな気持ちで今日この部屋に来たかわかるか? 結婚して、一年たって、やっと……はじめて妻の部屋に招かれて、お前が俺のために紅茶を淹れてくれて……子どもの話をしだしたかと思ったら、最終的には妾の話だ。しかも、自分は離れに移るなんて馬鹿げたことまで言い出した」
はじめてだっただろうか。ヴィンセントは戸惑いながら記憶を掘り起こす。
……確かにクロードの言う通り、ヴィンセントには自室にクロードを招いた記憶がない。
つまり、ヴィンセントは今日初めて、自室にクロードを招待したらしかった。
何かを伝えたり、尋ねたりするためにお互いの部屋を訪れることは何度かあったが、それだけだ。
結婚当初は、隣のクロードの自室に招かれてお茶をすることも時々あった。
だが、ヴィンセントが『無理にお時間をとって頂かなくても大丈夫です』と遠慮してからは、それもすっかりなくなってしまった。
ヴィンセントとしては多忙なクロードを気遣ったつもりだったのだが、クロードは顔を真っ赤にして『もういい!』と怒って自分の部屋から出て行ってしまい、ヴィンセントはクロードの部屋付きのメイドたちに呆れた目を向けられたものだ。
後々ミラにも、『あれでは、クロード様とお茶をするのを嫌がっているように聞こえてしまいますよ。ただでさえヴィンセント様は無愛想なんですから』とやんわり注意された。
無愛想な自覚はヴィンセントにもある。
ついでにいうと、以前付き合っていた女性に『おまけに無神経で無口だ』と言われたこともあったので、それも知っている。なるべく気を付けたいとも思っている。
だが、三十近くにもなって、いまさら性格を変えるのはなかなか難しい。
一応そのあと謝罪と弁明はしたが、クロードは胡乱な目でヴィンセントを見るだけだった。
あれ以来、ヴィンセントはクロードの部屋に招かれてお茶を飲んだことはない。
──つまり、今日はヴィンセントがはじめてクロードを自室に招いた日であり、久しぶりにふたりでお茶を飲んだ日でもある、ということになる。
嫌ってなどいない。恨んでなどいない。
第二夫人のことだって、ヴィンセントは良かれと思って提案したのだ。
正妻の座にヴィンセントが居座っていることは申し訳ないが、ふたり目以降の妻はクロード自身が好きなひと、もしくは公爵夫人にふさわしいひとをクロード自身が選べたらいいと思っていた。
そう、恩着せがましい貪欲な父親を持つ、剣の腕しか取り柄のない年上の男などではなく、本来結婚するべきひとと結ばれて欲しかったのだ。
「クロード様、俺は……」
「なにも言うな。いまはなにも聞きたくない。……少し、外に出てくる」
「……わかりました」
扉を開けると、ミラとクロードの従者が妙に緊張した面持ちで立っていた。
その後、無言でクロードが部屋から出て行ったあと、入れ替わりで部屋に入ってきたミラが静かに扉を閉める。
「ヴィンセント様……」
気遣わしげな声で名を呼ばれる。
だが、いまのヴィンセントには大丈夫だと強がる余裕もなかった。ふらふらとソファまで歩いて、倒れ込むようにソファに横になる。
「ヴィンセント様!」
「ミラ、俺は……本当は子どものことで悩んでなんていないんだ……俺は、ただ……」
片手で目元を覆う。
先ほどのクロードの苦しそうな、悲しそうな顔を思い出すと、とっくに塞がったはずの背中の傷がズクズクと痛んだような気がした。
「クロード様の人生に割り込んで、あの方の足を引っ張り続ける自分が許せない」
ヴィンセントは善人などではない。
本当に善人であったなら、あの日に父を殺し、自ら命を絶っているはずだ。
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