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第1章 お茶会と悲劇と
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しおりを挟む「それは?」
「……子どものことなんですが」
「妊娠したのか?」
「いえ、してません」
「そうか。……まあ、まだ一年だからな」
クロードからは特になにかを期待した様子も、逆に落ち込んだ様子も見られなかった。それどころか、先ほどのミラと同じことを言っている。
ヴィンセントは視線を落とし、紅茶の水面を見つめながら抑揚のない声で呟く。
「……俺は、まだ一年だとは思えません」
「なにが言いたい」
「つまり……もしかすると、このまま先も子どもができないかもしれない、ということです」
ヴィンセントの言葉に、クロードは訝しむように眉を寄せた。
「医者になにか言われたのか?」
「いえ、そういうわけでは」
「では、まさか父上や母上が……」
「違います。おふたりは本当に俺によくしてくださってますし……ただ、俺自身がそう感じているだけです。もう再来年には俺も三十になるので」
なんとも言えない顔でクロードは口を引き結んだ。むっつりと怒っているようにも、何かを考え込んでいるようにも見える。
貴族の妻の役割は、社交だの家政だのと色々あるが、なんといっても家の跡継ぎを産むことが何より重要なことだとされている。
実際、数年子どもができないことを理由に離婚したり、正式に第二夫人や第三夫人を迎える貴族もそう少なくはない。
やがて、クロードは大きなため息をつくと、再び紅茶に手を伸ばした。
「馬鹿馬鹿しい……結婚二年目でそんな心配をするやつがあるか」
「しかし……」
「もし十年経ってもできなかったら、従兄弟のアルバートから養子をもらえばいい。子どもがすでに七人もいるんだ、ひとりくらいは公爵の座を欲しがる奴もいるだろう」
アルバート・レイス伯爵はクロードの五歳ほど年上の従兄弟で、クロードと同じく金髪碧眼の美男である。
ヴィンセントとクロードの結婚式にも当然参加しており、そのときにはもう既に妻との間に四人の子どもをもうけていた。そのうえ、一月ほど前に今度は三つ子も産まれたらしく、いまでは七人の子どもの父だという。
「養子、ですか……」
「…………大体、結婚して一年と言っても、俺たちの一年と他の夫婦の一年では全然違うだろう」
鼻で笑ったクロードは唇の端を僅かに吊り上げて、少し皮肉っぽい笑みを浮かべた。
クロードの言う他の夫婦との『違い』が、ふたりの閨事の頻度のことを指しているのはヴィンセントにもすぐに察せられた。
たしかに、他の夫婦に比べれば夜を共にする頻度は少ないのかもしれない。
しかし、それをヴィンセントに言われても困る。月に一度しかヴィンセントの寝所を訪れないのはクロードのほうなのだ。
とはいえ、閨事が月に一度しかない理由自体は、ヴィンセントにも納得できるものだった。
単純に、クロードはヴィンセントと性行為をしたくないのだろう。もちろん本人に確認したことはないが、おそらく間違ってはいないはずだ。
別におかしなことでもない。政略結婚しただけの男と寝ることは、引く手数多のクロードにとってそう嬉しいことでもないだろう。
しかも、よりにもよってその相手はヴィンセントなのだ。クロードの憂鬱な心情は容易く想像できた。
それでも、跡継ぎを作るために最低でも月に一回は夫婦で性行為をすることが事前の契約で義務付けられている。
そのため、月初めの都合が良い日、クロードは一晩に一度だけヴィンセントを抱くのだ。
それはつまり、ヴィンセントとクロードは今までで十二回しか性行為をしていない、ということを意味する。結婚して一年でこれが多いか少ないかと問われれば、おそらく『少ない』に分類されるのではないだろうか。
「……お前、子どもが欲しいのか」
俯きがちだったヴィンセントが顔を上げると、なぜだかクロードが挑むような真剣な顔でヴィンセントを見ていた。
ヴィンセントは少し迷ったあと、言葉を選びながらゆっくりと答える。
「……跡継ぎは、クロード様の血を引いた子がいいのではないか、とは思います」
「そうか……」
すると、突然クロードは落ち着きなく視線を泳がせはじめた。妙に嬉しそうというか、少し照れたようならしくない表情で、ちらちらとヴィンセントを盗み見てくる。
よくわからないが、やはり今日はいつもより格段にクロードの機嫌が良い。
今しかない、とヴィンセントは思った。
実は、一番伝えたいことをまだクロードに伝えられていないのだ。
「……では、回数を──」
「第二夫人を娶ってはいかがですか?」
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