遠のくほどに、愛を知る

リツカ

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第1章 お茶会と悲劇と

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 清潔に整えられた部屋に、花瓶に挿された色とりどりの花。甘さ控えめの焼き菓子に、夫の好きな紅茶の茶葉。
 おまけに今日は晴天で、窓の外からは可愛らしい小鳥のさえずりも聞こえてきた。

「完璧だ」
「……そうでしょうか」

 満足気な笑みを浮かべていたヴィンセントに水を差したのは、侍女のミラだった。
 ヴィンセントが公爵家に嫁いでくる際、ただひとり実家から連れてきた、母のような、姉のような存在である。

「なにか足りないものがあるか?」
「……出過ぎたことを申し上げてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろん」

 はしばみ色の瞳が、じっとヴィンセントを見上げる。その瞳はどこかヴィンセントを咎めているようにも見えた。

「ヴィンセント様がこれからするお話を、クロード様がお喜びになるとは到底思えません」
「……なるほど、根本的な問題があるということか」

 ヴィンセントは苦笑しながらソファに腰を下ろした。
 そうかもしれない。けれども、これは誰かが言わなければいけないことなのだ。
 そして、その誰かにはおそらくヴィンセントが相応しい。

「だが、もうここに嫁いできて一年も経つ」
、です」

 心底不服そうな顔で、ミラはそう言い切る。
 ヴィンセントは苦笑を深め、実家の自室よりも遥かに広い室内を眺めた。

 不相応だ。誰に言われるまでもなく、ヴィンセント自身が一番そう思っている。

 貧乏伯爵家の三男。賭博好きだった祖父のせいで、ヴィンセントの生活は貴族だと思えないほどに貧しかった。
 それでも、たまたま剣の才能だけはあり、成人してからは騎士としてさほど不自由のない暮らしができていた。

 起きて、働いて、食べて、寝て、また起きて……その繰り返しがこの先もずっと続いていく。
 ヴィンセントはそんな平凡な未来を漠然と想像していた。
 しかし、あの日──

 コンコンッと、少し強い力で扉をノックする音が聞こえた。
 ミラはさっと身を翻して、足早に扉の方へと向かう。
 彼女が静かに扉を開けると、ひとりの青年が堂々とした足取りで部屋の中に入ってきた。

 作り物のような端麗な顔立ちをした金髪碧眼の青年──ヴィンセントの夫、クロード・オルティスその人である。

 ヴィンセントは立ち上がり、恭しく礼をした。

「クロード様、お忙しい中ご足労いただきありがとうございます」
「別に……俺にだって少しくらい時間はある」

 ツンとした表情でそっけなく言うクロードに向けて、ヴィンセントはなるべく穏やかに微笑んだ。
 しかし、ちゃんと笑えている自信はあまりない。ヴィンセントは自他共に認める無愛想な男だった。

「とりあえず、お掛けください。紅茶を淹れます」
「……お前がか?」
「ええ、今日はふたりきりで話したいので」

 一瞬、クロードは戸惑ったようにヴィンセントから目を逸らしたが、その後すぐに席に着いた。そして、背後にいた従者に「下がっていい」と言うと、従者は一礼してから部屋を出ていく。
 ヴィンセントがミラに目配せをすると、彼女も一礼して、従者の男に続いて退室した。

 そうして静かに扉が閉じられ、室内にはヴィンセントとクロードだけが残される。

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