上 下
22 / 34

22

しおりを挟む
 翌日には王宮から使者が来て、公衆の面前で王太子を侮辱した疑いがあるとして、アネットに婚約の破棄が言い渡された。

 さらにその翌日、学園の門の前で馬車を降りたシルヴィを、テランスの服装をしたジェラルドが待っていた。帽子のつばを深く下ろして顔を隠している。

 ジェラルドは最初に、ドニエ公爵家への使者が一方的な態度を取ったことを詫びた。
 王家の者が自らの非を臣下に詫びることは滅多にないので、婚約破棄の理由についてドニエ公爵家では納得していた。

 けれど、ジェラルドは、自分にも非があったと誠実な言葉を口にする。
 その姿は、やはりシルヴィが知っているテランスと同じだった。

「シルヴィ、改めてきみに結婚の申し込みをしたい。こんな間抜けな僕ですまないけど」
「ジェラルド様……」

 二日前の困惑は収まり、今はまっすぐジェラルドを見ることができた。
 彼が王太子でも、どこの誰ともわからないテランスでも、変わらず魅かれている自分に気づく。シルヴィは自分の心に素直になることにした。

「申し込みを受けてくれるかい?」
「喜んで、お受けいたします」

 ジェラルドの顔がパッと輝く。

「本当に?」

 シルヴィははにかみながら、小さく頷いた。

 ジェラルドが上衣のポケットからハンカチを取り出し、華麗な字体で縫い取られた「S」の文字をシルヴィに見せた。
 シルヴィには見慣れた刺繡である。

「心の隅にこのイニシャルが引っかかっていて、アネットでもマチルドでもない妹が、テオドールにはいるのだろうかと、かすかに思ったはずなのに……」

 ドニエ公爵家の令嬢であること、舞踏会の招待客リスト、教会でエドワールが呼んだ名前、ほとんど見分けのつかない同じ顔、それらに翻弄されて、自分の心の引っかかりを見過ごしてしまった。そのことを深く反省したいとジェラルドは言った。

「ドニエ公爵家には迷惑をかけた。アネットにも悪いことをした」

 生真面目に悔恨を口にするジェラルドに、シルヴィは「あまり、ご自分を責めないでください」とだけ言った。

 父にとっては、おそらく、王太子妃に選ばれるのがアネットでもシルヴィでも、そんなに大きな違いはないと思う。
 公爵家の面子は保たれる。
 そして、子どもたちにできるだけよい相手をと望んでいる父は、アネットのこととは別に、シルヴィの幸せそのものを喜んでくれる気がした。

 また、アネットには、下手に謝らないほうがいいかもしれないとも思った。
 曲解の天才であるアネットは、こちらが思いもしないような捕らえ方をする。
 たとえわずかでもジェラルドが後悔していると知れば、それは自分に未練があるからだとか、やはり本当に愛しているのは自分だからだとか、そんなことを言いだしそうで、なんだか怖い。

 家族であり、大事な妹であるアネットを憎むことはないけれど、あの歪んだ受け取り方や、恐ろしく強い承認欲求は、さすがに警戒せずにはいられない。

 まわりからちやほやされている時のアネットは、見ていて少し恥ずかしいけれど、まだいいのだ。
 これから先のことを思うと、嬉しさの反面、少しだけ憂鬱になった。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい

今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。 父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。 そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。 しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。 ”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな” 失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。 実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。 オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。 その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。

【完結】殿下が倹約に目覚めて婚約破棄されました〜結婚するなら素朴な平民の娘に限る?では、王室に貸した国家予算の八割は回収しますので

冬月光輝
恋愛
大資産家であるバーミリオン公爵家の令嬢、ルージア・バーミリオンは突然、王国の皇太子マークスに婚約破棄される。 「前から思ってたんだけど、君って贅沢だよね?」  贅沢に溺れる者は国を滅ぼすと何かの本で読んだマークスは高級品で身を固めているルージアを王室に害をもたらすとして、実家ごと追放しようと目論む。 しかし、マークスは知らない。 バーミリオン公爵家が既に王室を遥かに上回る財を築いて、国家予算の八割を貸しつけていることを。 「平民の娘は素朴でいい。どの娘も純な感じがして良かったなぁ」 王子という立場が絶対だと思い込んでいるマークスは浮気を堂々と告白し、ルージアの父親であるバーミリオン公爵は激怒した。 「爵位を捨てて別の国に出ていきますから、借金だけは返してもらいますぞ」 マークスは大好きな節約を強いられることになる――

【完結】婚約破棄されたので国を滅ぼします

雪井しい
恋愛
「エスメラルダ・ログネンコ。お前との婚約破棄を破棄させてもらう」王太子アルノーは公衆の面前で公爵家令嬢であるエスメラルダとの婚約を破棄することと、彼女の今までの悪行を糾弾した。エスメラルダとの婚約破棄によってこの国が滅ぶということをしらないまま。 【全3話完結しました】 ※カクヨムでも公開中

(完結)妹の為に薬草を採りに行ったら、婚約者を奪われていましたーーでも、そんな男で本当にいいの?

青空一夏
恋愛
妹を溺愛する薬師である姉は、病弱な妹の為によく効くという薬草を遠方まで探す旅に出た。だが半年後に戻ってくると、自分の婚約者が妹と・・・・・・ 心優しい姉と、心が醜い妹のお話し。妹が大好きな天然系ポジティブ姉。コメディ。もう一回言います。コメディです。 ※ご注意 これは一切史実に基づいていない異世界のお話しです。現代的言葉遣いや、食べ物や商品、機器など、唐突に現れる可能性もありますのでご了承くださいませ。ファンタジー要素多め。コメディ。 この異世界では薬師は貴族令嬢がなるものではない、という設定です。

【完結】妹のせいで貧乏くじを引いてますが、幸せになります

恋愛
 妹が関わるとロクなことがないアリーシャ。そのため、学校生活も後ろ指をさされる生活。  せめて普通に許嫁と結婚を……と思っていたら、父の失態で祖父より年上の男爵と結婚させられることに。そして、許嫁はふわカワな妹を選ぶ始末。  普通に幸せになりたかっただけなのに、どうしてこんなことに……  唯一の味方は学友のシーナのみ。  アリーシャは幸せをつかめるのか。 ※小説家になろうにも投稿中

私との婚約は、選択ミスだったらしい

柚木ゆず
恋愛
 ※5月23日、ケヴィン編が完結いたしました。明日よりリナス編(第2のざまぁ)が始まり、そちらが完結後、エマとルシアンのお話を投稿させていただきます。  幼馴染のリナスが誰よりも愛しくなった――。リナスと結婚したいから別れてくれ――。  ランドル侯爵家のケヴィン様と婚約をしてから、僅か1週間後の事。彼が突然やってきてそう言い出し、私は呆れ果てて即婚約を解消した。  この人は私との婚約は『選択ミス』だと言っていたし、真の愛を見つけたと言っているから黙っていたけど――。  貴方の幼馴染のリナスは、ものすごく猫を被ってるの。  だから結婚後にとても苦労することになると思うけど、頑張って。

【完結】本物の聖女は私!? 妹に取って代わられた冷遇王女、通称・氷の貴公子様に拾われて幸せになります

Rohdea
恋愛
───出来損ないでお荷物なだけの王女め! “聖女”に選ばれなかった私はそう罵られて捨てられた。 グォンドラ王国は神に護られた国。 そんな“神の声”を聞ける人間は聖女と呼ばれ、聖女は代々王家の王女が儀式を経て神に選ばれて来た。 そして今代、王家には可愛げの無い姉王女と誰からも愛される妹王女の二人が誕生していた…… グォンドラ王国の第一王女、リディエンヌは18歳の誕生日を向かえた後、 儀式に挑むが神の声を聞く事が出来なかった事で冷遇されるようになる。 そして2年後、妹の第二王女、マリアーナが“神の声”を聞いた事で聖女となる。 聖女となったマリアーナは、まず、リディエンヌの婚約者を奪い、リディエンヌの居場所をどんどん奪っていく…… そして、とうとうリディエンヌは“出来損ないでお荷物な王女”と蔑まれたあげく、不要な王女として捨てられてしまう。 そんな捨てられた先の国で、リディエンヌを拾ってくれたのは、 通称・氷の貴公子様と呼ばれるくらい、人には冷たい男、ダグラス。 二人の出会いはあまり良いものではなかったけれど─── 一方、リディエンヌを捨てたグォンドラ王国は、何故か謎の天変地異が起き、国が崩壊寸前となっていた…… 追記: あと少しで完結予定ですが、 長くなったので、短編⇒長編に変更しました。(2022.11.6)

婚約破棄させようと王子の婚約者を罠に嵌めるのに失敗した男爵令嬢のその後

春野こもも
恋愛
王子に婚約破棄をしてもらおうと、婚約者の侯爵令嬢を罠に嵌めようとして失敗し、実家から勘当されたうえに追放された、とある男爵令嬢のその後のお話です。 『婚約破棄でみんな幸せ!~嫌われ令嬢の円満婚約解消術~』(全2話)の男爵令嬢のその後のお話……かもしれません。ですがこの短編のみでお読みいただいてもまったく問題ありません。 コメディ色が強いので、上記短編の世界観を壊したくない方はご覧にならないほうが賢明です(>_<) なろうラジオ大賞用に1000文字以内のルールで執筆したものです。 ふわりとお読みください。

処理中です...