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シルヴィは彼が王太子だとは知らないと思う、とテオドールは静かに言った。
「テランス……、いや、ジェラルド・テランス殿下が、シルヴィに会ったのは、いつも、おしのびの時だった。舞踏会に行っていないシルヴィは、テランスが王太子だとは、知らなかったんじゃないかと思う。どうかな、シルヴィ?」
テオドールに問われて、まだ信じられない思いで、シルヴィは頷いた。
テランスが王太子殿下?
ジェラルド・テランス殿下ですって……?
お忍びの時、テオドールや学園時代の友人たちは、王太子殿下をテランスと呼んでいるのだとテオドールが説明する。
生真面目なジェラルドは、市井の人の本当の姿を知りたいと言って、粗末な身なりであちこち回るのが趣味なのだと付け加えた。
「帰国したばかりで忙しいくせに、慈善パーティーやら王立病院の寄付集めやらにまで来てて、相変らず、真面目というか、困ったものだなぁと思ってたんだけど……」
「こら。テオドール、殿下に失礼だぞ」
ドニエ公爵が軽くたしなめる。
テランス……、ジェラルドが首を振った。
「テオドールの言う通りです、公爵。僕は困った堅物でした」
友人の妹のことさえ、きちんと把握していなかった。四年のブランクがあったとはいえ、テオドールとはずいぶん親しくしてきたはずなのにと眉を寄せる。
「女性に興味がないにもほどがあるよ」
「何も言い返せない」
街でシルヴィに一目ぼれし、彼女がドニエ公爵の令嬢だと知ったジェラルドは、舞踏会の招待客リストを調べた。
マチルドとアネットの名前を見つけて、テオドールの妹は確か二人だったと、かすかな記憶をたどって頷いたのだった。
どちらが彼女だろうとわくわくしながら、舞踏会当日を待っている時に、教会の慈善パーティーで偶然シルヴィに再会した。
きちんとした挨拶はできなかったものの、モラン侯爵の令息エドワールが「アネット」と呼ぶのを聞いて、名前を知ることができたと思いこんでしまった。
「舞踏会でのことは、実はよく覚えていない。人が大勢いたし、会って話さなければならない人も多かった」
舞踏会の会場で、何人かの旧友から、ドニエ公爵家の令嬢たちには求婚者が殺到していると聞かされ、ジェラルドは焦った。
王宮内でも、王宮の外でも、四年間の溝を埋めるために、会うべき人、訪ねるべき場所がたくさんあって忙しかった。バタバタしている間に、うっかり誰かに奪われてしまってからでは後悔してもしきれないと思い、急いで結婚の申し込みをしたという。
「まさか、相手を間違えているとも思わずに……。僕は、なんてバカだったんだ」
「一生のことなんだから、もうちょっと慎重になってもよかったね。せめて、僕かナタリー王女に確認すべきだった」
「テオドール、きみの言う通りだ。忙しかったことは言い訳にならない」
ただ、といつも誰にでも優しいテオドールが王太子を慰める。
「僕の妹は二人だと思い込んでいたなら、確認するも何にも、間違っているとさえ、思いつかなかったろうからね。まあ、仕方ないかな」
アネットが叫んだ。
「そんな話を聞いて、納得しろって言うの!?」
すると、誰にでも優しいテオドールが、珍しく冷たい目を妹に向けた。
「アネット。さっきのようなことをいつも言っているなら、おまえには反省すべき点があると、僕は思うよ?」
「テランス……、いや、ジェラルド・テランス殿下が、シルヴィに会ったのは、いつも、おしのびの時だった。舞踏会に行っていないシルヴィは、テランスが王太子だとは、知らなかったんじゃないかと思う。どうかな、シルヴィ?」
テオドールに問われて、まだ信じられない思いで、シルヴィは頷いた。
テランスが王太子殿下?
ジェラルド・テランス殿下ですって……?
お忍びの時、テオドールや学園時代の友人たちは、王太子殿下をテランスと呼んでいるのだとテオドールが説明する。
生真面目なジェラルドは、市井の人の本当の姿を知りたいと言って、粗末な身なりであちこち回るのが趣味なのだと付け加えた。
「帰国したばかりで忙しいくせに、慈善パーティーやら王立病院の寄付集めやらにまで来てて、相変らず、真面目というか、困ったものだなぁと思ってたんだけど……」
「こら。テオドール、殿下に失礼だぞ」
ドニエ公爵が軽くたしなめる。
テランス……、ジェラルドが首を振った。
「テオドールの言う通りです、公爵。僕は困った堅物でした」
友人の妹のことさえ、きちんと把握していなかった。四年のブランクがあったとはいえ、テオドールとはずいぶん親しくしてきたはずなのにと眉を寄せる。
「女性に興味がないにもほどがあるよ」
「何も言い返せない」
街でシルヴィに一目ぼれし、彼女がドニエ公爵の令嬢だと知ったジェラルドは、舞踏会の招待客リストを調べた。
マチルドとアネットの名前を見つけて、テオドールの妹は確か二人だったと、かすかな記憶をたどって頷いたのだった。
どちらが彼女だろうとわくわくしながら、舞踏会当日を待っている時に、教会の慈善パーティーで偶然シルヴィに再会した。
きちんとした挨拶はできなかったものの、モラン侯爵の令息エドワールが「アネット」と呼ぶのを聞いて、名前を知ることができたと思いこんでしまった。
「舞踏会でのことは、実はよく覚えていない。人が大勢いたし、会って話さなければならない人も多かった」
舞踏会の会場で、何人かの旧友から、ドニエ公爵家の令嬢たちには求婚者が殺到していると聞かされ、ジェラルドは焦った。
王宮内でも、王宮の外でも、四年間の溝を埋めるために、会うべき人、訪ねるべき場所がたくさんあって忙しかった。バタバタしている間に、うっかり誰かに奪われてしまってからでは後悔してもしきれないと思い、急いで結婚の申し込みをしたという。
「まさか、相手を間違えているとも思わずに……。僕は、なんてバカだったんだ」
「一生のことなんだから、もうちょっと慎重になってもよかったね。せめて、僕かナタリー王女に確認すべきだった」
「テオドール、きみの言う通りだ。忙しかったことは言い訳にならない」
ただ、といつも誰にでも優しいテオドールが王太子を慰める。
「僕の妹は二人だと思い込んでいたなら、確認するも何にも、間違っているとさえ、思いつかなかったろうからね。まあ、仕方ないかな」
アネットが叫んだ。
「そんな話を聞いて、納得しろって言うの!?」
すると、誰にでも優しいテオドールが、珍しく冷たい目を妹に向けた。
「アネット。さっきのようなことをいつも言っているなら、おまえには反省すべき点があると、僕は思うよ?」
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