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2、アウレリオとラウラ

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 ラウラは怒っている。

 いくら死に別れた奥さんとの思い出を大切にしてたってさ、美少女拾って一途に想われたら絆されるもんでしょ?

 幼馴染ポジションの美しい義理の姉と一緒に生活してたらデレて当然でしょ?

 美形の精霊とか最後に出てくる救世主的隠しキャラ確定でしょ?

 騎士の面々も隠密っぽいフツメンも『私に貴女を護らせてください。』とか言い出すもんでしょ?

 仕舞いにゃ王子がブスとか有り得るか?

 何もかもが上手くいかない。

 ここが乙女ゲーの世界ではないにしろ、人生は攻略シュミレーションでしょ?
 フラグ回収してなんぼでしょ?

 私は完全にヒロインスペックを持って生まれた。
 自分の他にこんなスーパーな美少女は見たことがない。

 なのになのに、もう27歳だし、子持ちだし、完全バッドエンドのその先に突入してるし!

 嫌だ!
 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ‼︎‼︎

 こんなのは認めない。

 私は、ひとりぼっちじゃない。
 私は、要らない人間じゃない。
 私は、愛される。
 私は、欲しいものを手に入れる。
 私には、力がある。
 私には、権利がある。

 だって、あの人は私の子供の父親だもん。
 何だかんだ言って、抱いてくれたもん。
 子はかすがいなんでしょ?
 今更逃がさないから。

 私から離れるなんて許さない。
 シルヴィオが宝だなんて認めない。


 私には出来る。
 支配者になれる。

 でも、もし失敗しても構わないよ。

 前回は上手くやろうと手段に拘って失敗したんだ。同じ轍は踏まない。

 だってそれ程今生にすがる必要がある?


 死ぬのは辛いだろうけど、大した事じゃないよ。
 前世の記憶がある私が言うんだから間違いない。
 また、生まれ変わればいい。
 そうでしょ?








 天空にそびえる幻城。
 人ならざる住人達と同じく魔素の結晶で構築された巨城は、昼には七色のスペクトルが燃え、夜には月光と星屑が浮かぶ静かなる天象儀。

 この城そのものが精霊達の還る場所、精霊の国。


『西の森の島で転生者が生まれた。』

 午睡のまにまにひとつの国が生まれては滅びるような悠久の時を生きる者達が渋面を浮かべ溜息を零す。


 西の森の島の国民はほぼ全員が魔力持ちだ。
 これは、この国の始祖が精霊の子孫だからだ。

 人の間に伝わる様々な物語に語られて来た人間と精霊の婚姻や血の交わりは過去に繰り返された実際の歴史であり、それらの物語は個としての存在が余りに儚く継がれるべき知識を簡単に忘れ去る人間たちへの、過去への悔恨を喚起する仕掛であるのだが、これが生かされる事は少なく、島国の民の祖先と精霊との交合も遥か太古の出来事で、その血は薄まり魔力回路が肉体に安定するに至った反面、精霊と交信する能力さえ失われて久しい。

 精霊の加護を受ければ人は半精霊化して肉体は不老となり、精霊との交信も可能になるが、残念ながら人間が完全に精霊に転じる術は無く、不死では無いが故に現存する半精霊も居ない。また、精霊とて肉体の限界が無いだけで不死では無い。

 そう、精霊は案外脆く恐ろしい天敵が存在する。


 森の島の国民は押し並べて魔術の使い手であり、日常的に魔素を操り魔法を行使する。
 過去にも二度、この森の島に転生者が生を受けたが、転生者自体は珍しいとは言え危険な存在ではない。この特殊な島と転生者の組み合わせが最悪であるのだ。

 魔力回路を備えた肉体を持つ転生者は、しかし、世界に反発する魂が魔素を蹴散らしてしまうので燃料欠乏で魔法を行使出来ない。
 逆に言えば、燃料を調達できれば回路持ち転生者は魔法を使う事が出来るのだ。
 周囲に漂う魔素を集めたり体内で魔素を練ったりができない代わりに、結晶化した魔素を砕いて燃やせば魔法が発現する。

 外の国にも精霊の子孫は居るが数は多くないし、魔法が珍しい国の人間は魔法への執着が薄い。
 国民全てが魔法の使い手だから誰もが魔法を使おうとするし、転生者でも使おうと試みる。
 その試みが魔素の結晶である精霊に悲劇を齎らし、弱い者から砕いて燃やされるのだ。

 転生者の初めの一人は、当時森の島に乱立した内のひとつの国王の末娘だった。
 病弱で気弱な末姫は皆に愛しまれ善良な心の持ち主に育った。
 深層の姫君は魔法が使えなくても困らなかったし常に人の目に守られて居たので、自然に戯れる精霊は遠くから眺める物で、立場も体も自由が効かない姫君の心を楽しませてくれる大切な癒しであったので、城内に迷い込んだ下級精霊に触れてこの世から消し去ってしまった時には酷く嘆き悲しんだ。
 姫君は他の転生者と変わらず精霊を故意に害する事なく生涯を終えた。

 二人目の転生者は魔道大家の子息であった。
 当然のように無能の烙印を受け反骨の人生を歩んだ。
 精霊魔術などと言う精霊を贄に位置付ける悍しい禁術を大成し、危うく世界を滅ぼしかけた。
 寧ろ、世界を滅ぼす為に生きたのかも知れない。


『既にかなりの低級たちが贄に使われたようだ。』
『今のまま放置してその転生者が死ぬ迄にどれ程の被害が出る?』
『転生者はまだ子供であるにも関わらず大した信念も目的もなく小さき者を殺戮して躊躇ない。現状、将来の予測は難しいが看過はできん。』
『監視者を置くか。』

 しっとりとした夜空の闇色に染まる一室で話し合う面々は皆上級精霊らしく優美で知性的だ。
 中でも目を引く一人の瞳が煌めいた。

『ならば私が向かおう。』

 自薦したのは暗い室内で仄かに発光するような明かるい色彩を持つ精霊だ。
 中性的な円やかさの有る容貌に、長身の背を滑る清流が如き薄青の、足元まで伸びた髪は輪郭も朧に揺らめいている。

『シュルヴェステルは活性期か。』
『ああ、少々退屈している。』
 静かなに六極りっきょくの間に楽しげな笑い声が上がる。
『ではお任せしよう。』
 シュルヴェステルを除く面々が胸元で掌を重ね僅かにに頭を垂れると、応えてシュルヴェステルも印を結ぶ。

 精霊達の夜の集いが終わりを告げてそれぞれの居場所へと帰った後も相変わらず溜息が出る程に美しい星のさざめきと月光冠が幻城を飾っていた。




 其の夜の内に精霊の天敵たるラウラを探し出したシュルヴェステルは、ラウラ以上に興味深い存在を見つける。








 アウレリオは寂しい子供だった。

 両親が側に居てくれた事は殆どないし、親戚とも交流らしい交流を交した試しが事がなく、ずっと王都の屋敷に放置されていた。

 状況が変わったのは3歳の時だった。

 父親が国賊となり一家は離散した。
 元々結束していたとは言い難い夫人も使用人も金の切れ目が縁の切れ目と素晴らしく速やかに姿をくらました。

 後始末に遣わされた伯父の部下が見つけ出さなければアウレリオは屋敷の一室で白骨化していた事だろう。

 領主だった父親に代わって領地もアウレリオも伯父が庇護してくれる事になった。

 そればかりか子供ができる以前に愛妻を亡くした伯父は、悪名高き前領主の息子であるアウレリオを養子に迎え嫡子として扱った。


 アウレリオは両親の顔を忘れ去ってしまっても、実父の罪を忘れる事はなかった。それ程に領地は病んでいた。
 幼くとも、建て直しに奔走する養父に感謝以上に罪悪感を覚えた。
 アウレリオもアギラルの名に恥じず聡明であったし、父の愚行の被害者の前で子供らしく居られる権利は主張できなかった。

 だから学んだ。
 養父の補佐に役立つ知識は片っ端から吸収した。
 努力している時間は寂しさを忘れ、希望の光が灯った。
 誰かの役に立ち、必要とされる人間に成りたかった。

 我武者羅に学ぶアウレリオに周囲の大人達は初めこそ警戒したものの、我が儘ひとつ言わず大人顔負けの集中力で本に齧り付く姿が養父ファビオを彷彿とさせ、次第に後継として期待と信用を寄せるようになっていった。



 ラウラに初めて会ったのは6歳の頃だった。

 夜空色の髪が縁取る儚げなかんばせに猫のような榛の瞳。
 威圧的な程に美しい年上の少女はアウレリオと同じく親に捨てられてファビオに拾われたらしかった。

 それで、アウレリオは少し期待してしまった。
 彼女が胸に巣食う寂しさを分かち合ってくれる人なのではないかと。


「はじめまして聖女様。アウレリオ・デ・アギラルです。」

 金髪碧眼で所作も美しい小さな王子然としたアウレリオを一瞥してニコリと笑うと「よろしく」とだけ言ったラウラは視線を巡らせファビオを伺う。


 ファビオはアウレリオとラウラの2人を会わせるべきか長く悩んできた。

 自分という存在が前領主であった亡き実兄に与えた影響と選んだ結末に少なからず後悔があって、強烈な才能が幼い精神に及ぼす破壊的な力を恐れてさえいた。

 特殊な個性を備える予測不能な2人の邂逅をせめてもう少し先延ばししたかったが混沌の申し子ラウラをこれ以上野放しに出来ない事情が多くなり過ぎた。

 この3年、騎士団預かりの身で自他共に魔獣討伐の最終兵器として認められる存在になったラウラは領民から不世出の聖女として敬い慕われる一方で騎士の間では冷酷無慈悲の魔王と恐れられていた。

 農村時代を知る者は居ないのに同じ二つ名を囁かれる因果にファビオと草の者は呻いた。


「ラウラ、アウレリオは優しい子だ。余り迷惑をかけないように。」

 言いたい事は山と有るが、言って聞き分ける相手ではないのが辛いところで、言われたラウラは小言が少ないと得意顔なのだから溜息が出る。

「アウレリオ、また背が伸びたな。」

 声を掛けるとはにかむ幼い息子が可愛らしく、それ以上の触れ合いを想像もしていない様子が不憫でもある。

 不憫であるが唯一の肉親であるファビオが側で見守る余裕など何処にも無いのが実情で、寧ろ6歳児に顔色の悪さを指摘される有り様だ。

 選択可能な未来は結局せいぜい安全な柵の中に二人を放り込むというもので、ファビオの恐れも虚しくこの日からアウレリオとラウラは領主館で寝食を共にする事が決まっていた。


 アウレリオとラウラ。

 年齢(魂)、性別、身分、能力、思想、どこをとっても共通点など見当たらない二人を強力に結びつけるものが有った。

 死がその顔を晒して語りかけて来た時、それぞれに渇望したもの。


 チート美少女異世界転生しておきながら深い森のなかで遭難していたラウラは輝かしいヒロイン人生を欲した。
 ファビオに出会い、それを自分に与える事ができるのは彼だと思った。

 ファビオが退室すると勝手に『リオ』という愛称をアウレリオに押しつけ自分のことは『姉』と呼ぶように強要したラウラは、義理の弟から『お姉さま』呼びとか乙女ゲー展開おいしい。などと考えていた。



 齢3歳にして無人のタウンハウスで孤独に餓死するばかりだったアウレリオが願ったのは家族の温もりだった。

 既に父は亡く、母親に置き去りにされたアウレリオが家族と呼べる存在はファビオだけだった。

 ファビオが生きる希望であるという点で二人は一致していた。

 ラウラが時折見せるファビオへの強い執着と独占欲を敏感に嗅ぎ取ったアウレリオだが、ラウラがファビオを支えさいわいを願う者である限り姉と慕い力を合わせようと誓った。


 ところで、二人から目を離さない様に言い使っていた家令は憤慨していた。
 如何に民草から聖女様と賛美されようが領主の慈悲で衣食を恵まれたな過ぎない農民の子が無断で次期領主の姉を騙るなど言語道断。
 ラウラは家族として領主館に迎えられた訳ではない。ただの食客だ。

 3年をかけ漸くアウレリオを次期領主に認めるに至った家人は激しく反発した。

 所謂電波ちゃんのラウラは将来に渡り彼女の持つ世界観的モブ達の心情を気に掛ける度量など欠片も持たず、混沌の申し子たる能力を遺憾なく発揮し続けた。


 ファビオは益々忙しく、ラウラは傍若無人で非常識でいて何故か巷での人気は抜群で、後始末に追われるアウレリオはそれなりに寂しさを忘れ家族ごっこを演じた。

 所詮ごっこはごっこだったが、ラウラの暴走を身を挺して鎮めてきた賜物に強力な庇護者であり唯一の友を得た。





 半生を振り返るアウレリオに友が囁く。
 その囁きは鼓膜を震わす事なく魂に呼びかける言葉。

「うん。嬉しい。」

 肉声で応えるアウレリオは傍目には独り言を零したようにしか見えない。

 待ちきれずに立ち上がり扉を開けて歩き出す。
 回廊を抜け庭園へ続くポーチを進むと待ち人が姿を現した。

 泣き疲れて眠るシルヴィオを抱くファビオである。

 意識のない5歳児を運ぶのは現役を退いて長い上に隻腕のファビオには文字通り荷が勝つ様子で、アウレリオに気がつくとその荷を重そうに揺すり上げ立ち止まった。

 春の日差しは柔らかで空は澄みわたる天色。
 木々の若葉が陽光に縁取られ新緑が輝き揺らぐ。
 絵画の様な佳景を背に佇たずむ聖母子像。

 吸い寄せられる様に近づくと、聖母は草臥れた養父であったがアウレリオにとっては確かに聖母に違いない。

 聖母は愛し子の重さを噛み締める様に抱き寄せると真っ直ぐにアウレリオを見た。

「取り返してきたぞ。」

 そう言われてやっとアウレリオがシルヴィオを受け取り、始めてその温もりと重みと香りを堪能する。

 シルヴィオは柔らかく暖かで甘い匂いがした。

 抱きしめるともう寂しくなかった。



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