紫苑の宝玉 亡国王女と勿忘草

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第二章 寂れた村の正体

瞳の奥に見えるもの

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 もしも信じているセインが偽りの姿だとしたら。
 フィーネの脳内にはそんなマイナス思考が浮沈して止まない。一度植え付けられた疑心は根強くフィーネの心を蝕んでいた。

 「でも、たとえ姿を偽っていたとしても……今まで過ごして来た日々は嘘じゃないわ。」

 そうは言っても。セインが屋敷にいた時間といなかった時間、どちらが多かっただろうか。屋敷にいない間に彼が何をしているのか、フィーネは詳しく知らなかった。

 今のフィーネには妖精女王マグノリアから託されたレオンもといレオンハルトの事に時間をかける余裕がない。どうであれセインはフィーネの心の拠り所である。

 レオン達3人は互いに顔を見合わせて混乱するフィーネを見守った。しまった言い過ぎた、と言うかの表情を浮かべているのはフィンである。

 「あ、そうだわ、セインの事知っているのは私だけじゃないのよ。彼の同級生で私の兄のサウトと従者のロドリゴもいるし、友人のハルオミさんやコタローさんだっているもの……。」

 身分に関しては何となく言うのを避けた。セイン達を信じるか、レオンハルト達を信じるか、フィーネの意思は有耶無耶だったからである。

 言い終わった後に3人の表情を伺ったフィーネは首を傾げた。

 「どうかしたの?」

 レオンハルト達の表情はかたく、眉間に皺が寄っている。

 「どういうことだ?」

 レオンハルトからは質問に質問が返ってきた。彼の態度に怯んだフィーネは言葉を言いあぐねるが、彼は矢継ぎ早に次の言葉を紡ぐ。

 「凄い偶然だ。俺達も彼らを知っているよ。その関係も、よく、知っている。出会った時にも名前を言っていたが……何かの偶然だとばかり思っていたけれど……」

 異質なものを見るような、3人の瞳がフィーネに刺さる。

 「兄の名前がサウトだと言ったか。……金髪に赤目か?」

 レオンハルトの瞳に剣呑さが浮かんだ。

 「そうよ。兄のことも知ってるの?」

 どんな人物であれ、フィーネは嘘をついていない。フィーネにとって彼らは彼らである。彼女は自信を持ってはっきりと"兄"を強調した。

 途端、レオンハルトの雰囲気が変わる。息を呑むフィンとシュジャ。寒くないはずなのに凍りつくような空気が漂い、フィーネは皮膚が痛む感覚を感じながらも真っ直ぐにレオンハルトを見据えていた。
 レオンハルトの瞳の色がフィーネの見慣れた色に変わる。しかしそれは一瞬の事だった。正確にはそれだけでなく、刹那に見えた空色は深い藍色を帯びて、その中に金色の一等星の美しい輝きが揺らめいているかのようである。

 「奇抜だな。これは……師匠に、いや、マリアが……。マリアベルが危ない。原因はあの女か……?」

 フィーネから目をそらすことなくレオンは言葉をこぼす。フィーネは何も考えられずにレオンハルトの瞳を惚けて見ることしか出来なかった。思考が切り取られたかのように動かなかったのだ。

 「ああ……そうか。成程な。だから"フィーネ"は"妹"なのか。」

 一人で自問自答するレオンハルト。

 頭の中にめり込んでくる感覚にフィーネは胃から迫り上がるものを感じていた。しかし集中している彼は露ほどにも気が付かない。

 「やめんかレオン! やり過ぎだ。彼女に悪気はないであろうに。」

 フィーネをかばったのはシュジャであった。そんなシュジャに対してフィンは冷や汗を流す。

 「シュ、ボンボン様、おいおい……よく動けるなぁ。オレまだ動けないんだけど。声出すのでやっと。」

 一見いつも通りに立ち回るシュジャに恨み言をこぼすフィンはやっとのことで声を発していた。

 「フィーネ殿が悲しんでおったからな。」

 さも当然のように言うシュジャだったが、その内心は焦りと混乱が浮かんでいた。彼自身もなぜ動けたか分かっていない。可能性として浮かぶ仮説があるが、フィーネとは出会って間もなくシュジャ自身に心当たりが無いものである。シュジャはレオンハルトを止めつつ同時に大切な3つの力が自身に宿っていることを確認していた。

 ──確かにここにある。が、やはり、彼女からも何故なにゆえの力を感じるのであろか。よもや虎太郎こたろうを知っていたとは……。そのことと関係があるのか?

 そんなシュジャの心の葛藤とは裏腹に、彼の身体は自身の"つがい"を守ろうとすることわりが働く。フィーネから感じる力のことは彼女と出会った時からシュジャが気にしていたことであり、だからこそ彼はフィーネの事を放っておけなかった。

 「もういい。終わった。ちょっと出てくる。」

 レオンハルトが静かにそう言い放つと同時に重い空気が消える。彼は一声かけただけで誰にも気遣うことなく急いで出口へと足を進めるが、「レオン」と彼の行動を諌めるような声がかかる。

 「何をするつもりなのだ。これ以上寿命を縮めてどうする。」

 シュジャの重い声にレオンハルトは背を向けたまま立ち止まった。

 「どの道長く生きられないんだ。」

 嘲笑帯びた声でレオンハルトは言う。

 「そうではなくて……もっと自分を大切にしてくれぬか。」

 「そんな暇があったらお前達の為に命棄てているね。」

 表情は見えないが清々しく言い切って出ていったレオンハルトにシュジャは遂に何も言えなかった。
 2人の表情は見えない上にフィーネには話の流れが分からなかったが、レオンは不治の病にでも侵されているのだろうか、と彼女はレオンを心配する。フィンの方へと顔を向けるも、彼はレオンハルトの後ろ姿を悔しそうに見送っているようだ。と、フィーネの視線を感じたフィンが彼女の方へと向いた。

 「レオンに何見せたわけ? ただでさえレオンは大切な人の為なら死ぬ事に抵抗ないし、変なモン見せられんの困んだけど。」
 
 「見せる、って?」

 イライラするフィンに対して、フィーネは呆けた顔を浮かべた。レオンハルトの瞳を見ていた記憶はあったが、頭が霧がかったように思考が回っておらず、よく覚えていないのである。

 「フィン、気持ちは察するが余計な事をするでない。確かにレオンが呟いていた事は気になるが……。フィーネ殿はマグノリアやマリアベル殿の事を知っているのか?」

 知っていることを教えて欲しい、とシュジャはフィーネと目線を合わせて言った。

 「多分……この場所に、赤髪の人、フィオナ、王女が来る。その時に丁度マリアベル、さんがいて……この村は火の海になる。」

 真剣なシュジャの様子にたじろいだフィーネだったが、懺悔のようにたどたどしく話し始めた。

 「マリアベルさんに親切にした人は彼女の目の前で拷問されながら殺され、絶望するマリアベルさんを見てフィオナ王女は高笑いを浮かべて彼女を捕まえてた。」

 それは夢の中でフィーネの身体がみせた悪夢であり過去にあった現実。シュジャとフィンは予想外の語りを聞きながら想像したのか顔を青ざめながらも耳を傾けていた。

 「マリアベルさんのことを、顔だけ分かるように惨殺して、しばらく民衆に晒して、残った顔ごと跡形もなく……。それでレオンハルト皇子が自分を選んでくれると信じていた。愛してくれると思ってたの。」

 今は姿が変わっているとはいえ、この身体が犯した悍ましい罪。残っている意識。フィーネの脳裏には惨たらしい光景が脳裏に浮かぶ。
 フィーネ自身の身体のことだ。本音を言うともっと明細に何をしたのか話すことは出来るが、胃液を出し切っても足りない程の話であるため無闇に言うのははばかれた。

 「まるで自分の事みたいに、見てきた事みたいに話すなよ……。」

 想像したのか声を震わせたフィンが口元を抑えて言う。しかしフィーネにとっては実際に身体が行った事だった。
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