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第二章 寂れた村の正体
ナイトメア
しおりを挟むふわふわとした意識の中で、フィーネはサウトの屋敷であり、自身に割り当てられた部屋にいた。
フィオナという人間の身体に入った魂。
─────体が別の人のものだなんて。
─────それじゃあ、魂は何者なの?
例えるなら幽霊だろうか。フィーネは自分をそう評していた。身体は人間でありながも、その存在はどう言い表すべきだろう。
そんな得体の知れない自分を受け止められるような楽観さを、フィーネは持ち合わせていない。どちらかと言えば繊細なタイプだ。
自分のことを知ってから、フィーネは地に足が着いていない毎日を送っていた。今にも浮かんでしまいそうなフィーネをつなぎ止めているのは、セインの存在である。フィーネは彼を思い浮かべた。
刹那、目の前が歪み、彼女は反射的に目を瞑る。次に目を開けた時には景色が変わっていた。見たことも無い大きな湖が広がり、青空と陽だまり、暖かな風が吹く。なんて穏やかな風景。
「フィーネ。」
背後から柔らかな声が聞こえ、フィーネは勢いよく振り返った。そして声の方へと駆ける。
「セイン!」
「フィーネ、大丈夫だよ。君は愛される。愛されなければならないんだ。私がいなくても、他の誰かが君を愛してくれる。」
だから、私がいなくとも大丈夫だ──と。何でもないような顔をしてセインは言った。
「な、何を言ってるの? どういう事?」
セインの方へと向かっていたフィーネの足取りが、その手前でピタリと止まる。セインは彼女の問いかけに答えない。
「いなくなったりしないわね……?!」
不安で焦るフィーネに、セインは微笑むだけだった。
「何で?! 何で何も言ってくれないの?! ってああっもう……また!」
ぐにゃりと視界が歪む。それは先程の感じとよく似ていた。悟ったフィーネはセインへ必死に手を伸ばす。
─────もう少し、もう少しで届くのに。
彼に手が届く直前に景色は反転した。最後に見た彼の目は見開いており、焦って手を伸ばしていた。この状況はセインの意にそぐわない現象であったのだ。
─────夢よ。そう、これは夢。嘘の世界。だから惑わされちゃ駄目。
フィーネの行き場のない手が空を切る。次は何処に飛んだのだろうか。
空が暗い。夜だ。星が輝いている分明るく見えた。
夜空に見とれていると、突然空が夕焼けのように光った、かと思えば、気付かぬうちに景色が変わっていた。
─────惑わ、されては……、
フィーネの瞳には至る所であがる硝煙や燃え盛る炎、そして逃げ惑う大勢の人がうつる。全ての人がどこかしらに汚れや傷を持っていたように思える。
「何が起こってるの……?」
思わずフィーネは人の流れに逆らって走った。途中人にぶつかったが、ぶつかったはずの身体はすり抜けた。まるで透明人間のように。
それでも人を避けながら、フィーネは走り続けた。しかし、慣れてきたあの感覚がまた現れる。
ぐにゃりと視界が変わった。
今度は知らない屋敷に飛ばされたらしい。大きな窓から見えるのは、綺麗な青空と庭園だ。ここは3階くらいの高さだろうか。部屋を見る限りはサウトの屋敷よりは大きくないように思う。
ガシャン、とガラスが割れる音がして振り返ると、少し前まで見慣れていた赤髪が視界に入った。
「何でわたくしがこんな貪らしい所に閉じ込められなければいけませんの?!」
音の正体は彼女が投げたワイングラスだった。
「全部あの女っ!! あの女のせいですわね?! あの女が現れてからおかしくなったもの!」
何があったかは分からないが彼女は激怒しており、他にも割れたグラスが散らばっていた。
この世界の人物からは相変わらずフィーネの姿が認知されていないらしい。赤髪の彼女は身近な物を掴んでは投げてを繰り返している。
「殺してやる……! ふふふっ! そうよ、いつものように殺してやりますわ!! あらそうだわ。特別に盛大にして……ふふっ! うふふふっ!」
憎悪に満ちた笑みを浮かべる彼女の表情。ゾッとしたフィーネは後退りした。
「なっ何言ってるの? それって勝手な逆恨みよ? 怒りの元だって、どうせアナタのせいでしょうに。 人の意見を聞くふりだけして、人のせいばかりにして。周りの人間は沢山いるのに……自分中心にしか物事を捉えられないのね。自分の思い通りにならない事は否定しかしてない。」
フィーネは彼女のことを知らない。しかし彼女がどんな人物であるか、何故か手を取るように伝わっていた。
声が届くことがないのは分かっている。だからこそフィーネは彼女を睨んでそう言った。内心は狂気に恐慄く感情が強い。自身は大丈夫だろうという思いがあるからこそ、ぶつけた感情だった。
もちろん、フィーネの言葉は彼女に届かない。
「あの女ぁ……。ふふっ。あの女さえいなければ、わたくしが一番ですのよ! あの人に見てもらえるわ!」
彼女は憎悪の表情から一転し恍惚の笑みを浮かべていた。自分の体を抱き締めるようにして天を仰ぐ赤髪の彼女。
─────醜い。
汚い感情がそのまま表情に出ているようだ。フィーネは眉をひそめた。
─────なんて独り善がりなの。
見ているだけで苛立ちが湧き上がり、フィーネは気分を落ち着けるように大きなため息を吐いた。
「ああ、準備しなくちゃいけませんわね。あの女の……マリアベルの最期を見届けてあげなくては。」
マリアベルとは誰か。そう思った瞬間に、フィーネの視界はぐにゃりと揺れた。
「フィーネ!! フィーネ!!」
今度は何処の夢だろうかと、諦めて意識を飛ばそうとした時だ。頭の中で自分を呼ぶ声がしたフィーネはハッと目を見開いた。
視界一面に入ってきたのは、心配そうな表情を浮かべたシュジャの顔だった。
「マリアベル様が……殺される。助けなきゃ……。」
虚ろなフィーネの口からこぼれた名前。繰り返されるそのうわ言。シュジャは一瞬だけ目を見張ると、切羽詰まった声でレオンの名を呼びながら懐に入れていた薄紫の小さな玉を取り出す。そしてその玉を素早く地面に叩きつけて割ると、薄紫の淡い光が辺りを照らした。
「何かあった? って……これはどんな状況だ? 同衾か?」
柔らかな風を纏いながらレオンは急に部屋へと現れる。意識が有耶無耶なフィーネは気付いていない。ただただ同じうわ言を繰り返していた。
「巫山戯たことを言っている場合では無いぞ。彼女は先見の眼を持っているやもしれん。」
「この子が先見?」
レオンの瞳の金色が色濃く揺れる。暫くフィーネを見ていたレオンだったが、やがて首を横に振った。
「いや、先見では無いようだよ。」
「違うのか。だが、マリアベルが殺されると予言していたぞ。」
「は? いや、まさか……同調か? 珍しいことに意識は分離出来ているようだけど。 どっちにしろ予言ではないね。よりによってあの女と同調するとは可哀想に。」
綺麗な顔歪めたレオンはフィーネの頭を撫でて、そのまま前額に片手を添えた。
「レオンがそのような呼び方をする女と言えば……アルの義妹の事か。確かフィオラと言ったか。」
「ああ、忌々しい。」
フィーネに触れているレオンの手からは柔らかい光が零れていた。同調を切り離すための魔法である。
「おかしい。」
その声と同時にレオンの魔法が止まり、フィーネから手が離れる。シュジャは首を傾げて「どうした?」と問い掛けた。
「同調じゃない。まるで……あの女そのものだ。」
低く、暗いレオンの声が部屋に響いた。
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