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第二章 寂れた村の正体
芽生えていく疑心暗鬼
しおりを挟むまた眠っていたらしい。
自分の住み慣れたあの家、もとい小屋よりは比べるまでもなく綺麗な部屋が広がっていた。
フィーネは自分がベッドで寝ていたことに気が付き、大きな窓から差し込む光に視線を遣った。夜があけている。
「私……。」
彼女は記憶を思い起こした。最後に覚えているのは、シュジャと一緒にいた事だ。おかげでフィーネの心細さは和らいでいた。彼は色んな話をしてくれたのにフィーネは夢現にしか聞けず、酷い態度だったと後悔した。
恐らくシュジャがベッドに運んでくれたのだろう──と思いたいが、明らかに見覚えのない景色にフィーネの不安は募る。その部屋の雰囲気はサウトの屋敷に似ていた。寧ろそれ以上に華美だと言えた。
こうなった原因を思い起こしてみる。一番に思い浮かんだのはレオンだった。まるで本音を隠すかのような優しい口調と、時折滲む高圧的な口調の二面。そんな所までセインとレオンは本当にそっくりだ、とフィーネは眉下げた。
何か自分がやってしまったからレオンは怒って、自分だけがまた違うところに飛ばされたのかもしれない。フィーネはそう思っている。心の拠り所がいない今、フィーネのマイナス思考は強くなっていくばかりだった。
そうやって物思いにふけるフィーネだが、装飾の扉を叩く音が響いた事で我に返る。思わず「はいっ!」と返事をしてしまった。
「レオンだ。ししょ……マグノリアから話は聞いたよ。本当にすまなかった。その、私に、会いたくないだろうけど……せめてそのまま話を聞いて欲しい。」
紛うことなくレオンの声だ。セインと同じ声だから、フィーネはよく覚えていた。
「会いたくないなんて……別に、そんな事はないわ。」
ただ、安心したのだ。例え表面上だとしても、セインそっくりの彼に嫌われていないという事に。
そしてマグノリア。フィーネに道を示してくれた妖精女王の事だろう。フィーネの事を知っているマグノリアが、彼らを諭してくれたのかもしれない。フィーネの夢に出てきたように。フィーネはそう解釈した。
「ほら、アイツもああ言ってる事だし。入ろう。」
元気なフィンの声──と同時に扉が動く。レオンの静止する声も意味無く、扉は開いていく。
フィーネは慌ててベッドを飛び降りて、近くにあった綺麗なソファに座った。それはローテーブルを囲うようにして配置してあった。
フィーネの視界には三人の姿が映る。我が物顔で入室したフィン。やや気まずそうに入室したレオン。
「フィーネ殿。余もいるぞ。安心するが良い。なに、失礼をした詫びに改めて自己紹介をしようと思うただけだ。気を張るでない。」
最後に視界に入ったのはシュジャ。彼の存在に無意識に安堵してみせたフィーネは、彼の真っ直ぐな優しさにすっかり絆されていた。
それぞれがバラバラにソファに座ると、「さて。」と仕切ったのはシュジャだ。レオンは相変わらず所在なさげにフィーネを伺い、フォンはその姿を眉を下げて見ていた。
「本当に明かす必要があるのか?」
レオンは不服そうにシュジャを見遣る。が、シュジャは気にせず笑った。
「マグノリアにも言われたであろう。」
「そーだよ、レオン。諦めなってば。」
二人に言われて、レオンは大きく溜め息を吐いた。そうして一息ついた後の静寂を挟み、ゆっくりとレオンは語り始める。
「私の本名は、レオンハルト。レオンは愛称であり、時折偽名としても使っている名前だよ。安直だけどね。そしてヴァルプルギス帝国の第一皇子だ。だがまあ、市井にいる時は身分気にせず話して欲しい。」
レオンハルト。フィーネはただ驚いた。彼がマグノリアが言っていた人物だという事は流石に直ぐにわかった。しかし、まさか帝国の第一皇子だとは思いもしていなかった。ヴァルプルギス帝国の名はフィーネでも知っていた。
サウトの屋敷で礼儀作法を習ったとはいえ、根っからの庶民であるフィーネにとってはフランクに話をする方が得意である。彼女はレオン──レオンハルトに頷いた。
「ところで、貴女が言っていたセインとはどんな人だ?」
真剣な面向きのレオンハルト。セインと彼には何かしらの因縁でもあるのかもしれない。フィーネはそう思ってセインの容貌を脳裏に思い浮かべた。
「セインは……レオンにとても似ているけど、歳上で、珍しい薄紫色の髪を持っていて、淡い水色の瞳の男性よ。あ、よく見ると瞳の中に金色が混じってて凄く綺麗なの。」
「薄紫色の髪に、"金色の一等星が浮かぶ水色の瞳"……。」
レオンハルトはそう呟いて顎に片手を添えて考え込む。もう他のものには用がない──とでも言うように。フィンはその様子を横目で見てから、フィーネの方に近付いた。フィーネの前に立つと、ふん、と仰け反る。
「そんで、レオンに似ている、ねえ……? 君さあ、その人に騙されてるんじゃない?」
口角を上げて意地悪そうに言い放ったフィン。フィーネの目には微かに怒りが見えた。そんなフィーネに気付いたシュジャは、咎めるようにフィンの名を呼ぶ。
「そんな事、絶対にないわ。」
静かに、けれども強く言い放った彼女。
何が何だか分からない中でも、フィーネにとって揺るぎない心の拠り所。それがセインだった。もちろん、アンナも、サウトやロドリゴも、フィーネは大好きである。
「いーや、あるね。だいたいさあ、紫系の髪色は血筋が決まってるんだよ。しかも目には金色が混じってるって? "金色の一等星"じゃん。自分が誰か言いながら歩いてるもんじゃん。そんな常識知らないわけ? あのシュジャでさえ知ってるのに?」
フィンは怪しむ素振りを隠しもせず、フィーネに詰め寄った。名前を出されたシュジャも首を傾げてフィーネを見る。どうやら異国の彼も知っていたらしい。
「血筋が決まってるって? どういうこと?」
もちろんフィーネは何も知らない。
「はあ? え、ホントに知らない……? シラ切ってる?」
フィンは拍子抜けしたように目を丸くしていた。
そんなに常識的なことなのか。それでもフィーネは今まで一度もそんな話を聞いたことがない。排他的な村にいたからか、フィーネが作られた存在だからか。
そこへ暗い声がかかる。
「紫系の髪色は呪われた血筋さ。特に、珍しい薄い紫色はね。そして一等呪われている証が金色を持つ瞳。ただ1人世界に嫌われた印だよ。」
話の輪から離れていたはずのレオンハルトが険しい顔つきでそう言い放つ。目線はどこか遠くへと馳せていた。
「私の知る限り、薄紫色に金色混じりの瞳をもつ人物は世界に一人だけしかいない。しかも、呪いの色は変装で隠すことが出来るが、その色を幻影でさえ作ることは出来ない。」
レオンハルトが難しい顔付きで言う。その横からフィンが腰に手を当ててフィーネを見下ろした。
「つまり、呪いを隠すことは出来ても、呪いに擬態することは出来ないはず、って訳だ。」
そのままフィンは言葉を続ける。
「俺たちはその色を持つ誰かを知ってる。だからアンタが言ってる奴が本当にいるなら、何者かを突き止めなきゃいけないってわけ。」
「待って。じゃあ私が知るセインは嘘を吐いているって言いたいの……?」
フィーネは声を震わせた。
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