紫苑の宝玉 亡国王女と勿忘草

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第二章 寂れた村の正体

思い通りにならない

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 恋を知っているか。

 その質問にセインは、そういう事か、とすんなり思い付いた。

 「ハルオミは、フィーネに恋しているのか。」

 その言葉にフィーネが「へっ?!」と声を上げる。信じられない、と言う顔で彼女は目を瞬かせたて発言者であるセインを見詰めた。

 暫くして「ああ、そうか。」と、ポツリと呟いたセインの声は不自然なくらいにこだまして聞こえた。彼と一番長い付き合いのサウトには前から想像していた嫌な予感が脳裏を埋め尽くす。神妙な面向きでサウトとは逆に、セインの感情の読めない。

 「私、ハルオミさんに合ったばかりよ?」

 「ありゃあ一目惚れだ。こんなハルオミを見た事ねーよ。アイツは寧ろ女嫌いかと思ってたんだが……。」

 引き攣った表情のサウトが頭を抱える。セインは表情を変えることなく口を開いた。

 「ハルオミの思惑はともかく、守護魂は次代を残す為に必要な物なのだよ。一つでも欠けると……次代が継承できる頭領としての力は薄くなる。」

 想像以上に厄介なもの。それに気が付いたフィーネはもう何も言えなくなった。ただでさえトラブル続きで破裂しそうだったフィーネの頭の中は、もはや混沌の極みである。彼女は目を回して大きくふらつく。

 「フィーネ! ……どうやら知恵熱がでているようだね。」

 セインは倒れる寸前で彼女を支えたが、フィーネからの反応は無かった。席からたって心配していたサウトはロドリゴの名を呼ぶ。ロドリゴはサウトと視線を合わせた後に小さく頷いた。

 「フィーネ様の事はお任せ下さい。」

 ロドリゴがそう言ってフィーネを横抱きして持ち上げる。その様子をセインは「頼む。」とだけ言って見送った。

 フィーネが倒れたことで周囲からの野次馬があったが、セインがニコリと笑むと自然に元通りの騒がしさへと戻った。階段の奥へとフィーネを抱えたロドリゴの姿が消えていく。そのタイミングでサウトはセインへ声を掛けた。

 「今、何を考えてんだ。」

 向かい合って座り直した二人。サウトからの問いに対してセインは「フィーネの事。」と返した。

 「俺はどっちかと言うと、セインとフィーネがくっつけばいいと思ってるぞ。」

 「それでフィーネが幸せになれるとでも?」

 「それは、……知らん。俺にフィーネの幸せを決める権利はないだろ。俺が決めることじゃねーし、セインが決めることでもねーじゃん。」

 そんなサウトの言い分に、セインは心の中で同意していた。無意識に人の事を決めつけてしまったと反省する反面で、それでも、フィーネを幸せにする事の出来ない自分の身が思い浮かんだセインは黙る。

 「だから、」とサウトは言葉を続けた。

 「お前はもっと貪欲になれ。」

 「はははっ。何を……、ん? おっと、呼ばれたようだ。」

 この場ではセインとサウトしか見えないだろう金色の小さな光の球が突如現れ、セインの周りをグルグルと周回した。サウトの視線は訝しげにその球を追う。

 「なあセイン。最近急に忙しくなってねぇか?」

 セインは「いつも通りさ。」と何でもない顔で言いながら席を立った。何を言っても教えて貰えないと悟ったサウトは自身の拳を固く握る。

 「無理すんなよ。」

 サウトに言えたのはそれだけ。セインは「サウトもね。」と言うと、二階へと歩みを進めた。二階の部屋から転移魔法を使うのだろうと、サウトは彼の背を見送った。階段ではロドリゴとセインがすれ違う。セインに着いて回る金色の光に、ロドリゴは何かを察したように「セイン様。」と声を掛けた。

 「いつ頃戻られる予定でしょうか。」

 「明日の出発までには戻れると思う。」

 つまり、長引けば寝る間もない、ということである。ロドリゴはそれを察したが、セインは何を言っても自身を犠牲にするという意思が変わらない。セインの友人として付き合いの長い分、それをよく分かっていた。

 「そう、ですか。呉々もご無理をなさらないように。」

 「ああ、ありがとう。お前たちは本当に似ているな。」

  主従揃って同じことを言っている、と口に出さずセインは小さく笑みを零してロドリゴと別れた。

 サウトとロドリゴが落ち合うと、二人は視線が合った瞬間に同時にため息をつく。

 「人を殺すのは簡単なのに、人を生かすのは難しい。」

 「私としては同意しますが、一般的には些かアウトな発言ですね。」

 咎めるようにロドリゴはサウトへ呆れた様子をみせた。サウトは肩を竦めて口を尖らすと、話題を変える。

 「セイン、身辺整理でもしてんのかな。」

 「縁起でもない事は言わないで下さい。……しかし、似たようなものでしょうね。」

 「あ、そんじゃあ、俺がセインの国統治したら良くね?」

 名案、とでも言うようにサウトは言ったが、ロドリゴは首を横に振る。

 「愚策です。そんな事をしたらキトラー王国が無くなりますよ。」

 「うっわ、想像出来る。」

 天井を仰いだサウトはそのまま項垂れる。

 ──その頃、拠点である屋敷では、残された晴臣はるおみ虎太郎こたろうが奮闘していた。

 「こやつら、フィーネ殿と関係がなさそうなのだが。取り敢えず一人生かしてみるか。」

 晴臣は首を傾げながら、刀と呼ばれる剣よりも細身で鋭利な片刃の武器の刀身を懐紙で拭く。虎太郎は首を縦に振る。

 「目当てはサウトだろう。この屋敷の名義はサウトだ。」

 「サウトの兄君か。サウトは良い奴であるのに、兄王から暗殺者を送られるとは難儀なものだ。この国ではそういうものなのか。」

 「陽ノ国では力の継承者が跡継ぎだからな。世襲だがおのれたちとは後継者争いの価値観が違う。」

 「それもそうであるな。陽ノ国こちらは産まれた時には決まっているようなもの。力を持つ王族には脅威などない。一見、たちの中ではサウトが一番苦労しておるな。」

 馬鹿にした訳でもなく、晴臣はサウトに同情していた。

 「それで、ハルオミは何故守護魂を? あの女人は確かに美しいと思うが、ハルオミは一目惚れなどする質ではないだろう。」

 「何だ、急に話題が変わったな。まあ良いが。正直なところ余にも分からぬ。……ただ、余はフィーネ殿と会った事がある気がするのだ。それも、セインと一緒に、だ。」

 どういう事だ、と眉をひそめた虎太郎が聞く前に次の刺客が現れる。

 「ふむ。余の予想では何やらキトラー王が勘違いをしておるのではないかと思うのだ。なあ?」

 「己もそんな気がする。後でサウトに電報を送っておこう。」

 陽ノ国主従は武器を構えて前を向いた。

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