紫苑の宝玉 亡国王女と勿忘草

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第一章 亡き王妃との約束

急な出立

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 フィーネの不安についてはセインが口を開いた。

 「私がフィーネを守っているから大体は問題ない。だが、互いに身体的負担が大きいのも確かだ。まあ、消したはずの器の気配を感じたときから、念の為に色々と準備はしていたよ。」

 サウトはフィーネにかけられた錯乱魔法についてセインに問い詰めようとしたことを思い出した。

 ──『消えたと思ったフィオラの気配も極薄くだが感じるんだ。』

 マグノリアの事についても触れてはいたが、一番感情を込めてあったのは器の事を言っていた時だ。その後、セインは気の所為かもしれないと言っていたが、やはり彼の中では確信的なものだったのだろう。

 「急だが、今日中にはこの街を出てフィーネの宝具を探しに行こう。」

 セインはそう言ってテーブルの上を眺めた。

 「話し込んでいる間に皿も空になってしまったな。食後に直ぐ動くのは良くない事であるが、動ける者から役割の準備に取り掛かって欲しい。」

 フィーネはセインの顔をじっと見詰めた。彼はフィーネの顔色が悪いと言ったが、それはお互い様ではないかとフィーネは何となく感じた。根拠はない。セインが屋敷にもなかなか帰って来れなかったのは器の事があったからだろうとフィーネは思った。

 「私とサウト、ロドリゴは各自で、フィーネはアンナを頼って旅支度を。約三十分以内で準備出来次第、正門前に集合だ。晴臣と虎太郎は屋敷の事を頼む。」

 手際良く指示を出したセインは皆が頷き返事をするのを聞いてから席を立った。つられてそれぞれが席を立ち行動し始める。

 サウトにエスコートされたフィーネが食事部屋を出ると、アンナが待ってくれていた。セインが呼んでくれたのだろう。そこで皆と別れる。晴臣と虎太郎も一旦与えられた部屋へと戻って行ったようだ。

 「申し訳ありませんでした。私がもっと早くに気を遣えていたら……。」

 後悔するアンナにフィーネは眉を下げて笑った。

 「謝らないで。私、アンナがそばにいてくれて嬉しいわ。」

 それを聞いて安堵して喜んだアンナだったが、直ぐに気を落とす。

 「明日は北の応接室を楽しむ筈でしたのに……。」

 「あ! そうよ。私、楽しみにしてたの。だから、帰って来たら案内してくれる? 折角だし勝負しましょう。」

 帰って来てくれる。フィーネにそう言って貰えた事が、アンナには堪らならなく嬉しかった。そして時折無邪気な面を見せるフィーネを可愛いと思って、アンナは妹のように愛情を感じていた。フィーネもアンナの事を姉のように頼っていた。

 「それでは私、首を長くして楽しみにしてお待ちしております。」

 アンナの返事にフィーネの笑顔が一層増した。

 談笑しながら部屋につくと、アンナは説明をしながら小さな鞄に必要最低限で詰めていく。野宿する事もあるとフィーネは聞いた。セインが清浄魔法で清潔面の支援をしてくれる事も聞いた。

 フィーネが軽装に着替える間アンナは彼女の出立準備を終わらせると、フィーネへ小さな鞄を渡し、共に玄関口へと向かった。

 彼女たちが玄関口に立つと、晴臣の姿が門前に見えた。やや離れているが、彼の臙脂色の服が良く目立つ。アンナはフィーネへ向けて深くお辞儀をした。

 「フィーネ様、お気を付けて行ってらっしゃいませ。」

 「行ってきます、アンナ。」

 フィーネはそこでアンナと別れる。彼女たちは互いに穏やかな笑顔を浮かべていた。

 もう皆集まっているかもしれない、と思いながらフィーネは門前へ駆けたが、そこにいたのは晴臣だけであった。

 フィーネに気付いていた晴臣は手招きをして彼女を自身へと近寄らせた。

 「まだセインたちは来ていないのですね。」

 晴臣のそばに着いたフィーネは首を振って周囲を確認して言う。彼は「そのようであるな。」と飄々とした態度で答えた。

 「フィーネ殿。現状、支援しか出来ないが、余は余なりにフィーネ殿を守りたいと思う。」

 唐突にそう言った晴臣は、赤み帯びた黒色の石をフィーネに手渡した。

 「これは? 綺麗な石ですね。赤と黒が合わさるのではなくて、二色がこんなにも美しく混在している石なんて初めて見ました。」

 手渡された石を不思議そうに眺めるフィーネに、晴臣は「それはフィーネ殿の為の御守りであるのだ。」と答えた。彼は更に言葉を続ける。

 「実は石のようであるが飴玉仕様でな、騙されたと思って食してみると良いぞ。」

 この石は飴玉式の御守り。フィーネはそう認識した。

 早く食べろと言わんばかりに笑みを浮かべる晴臣に、フィーネは戸惑いながらも石を口に含む。セインたちの友人ということで、彼女の警戒心は働かなかった。晴臣がニヤリと口角を上げた気がするが、自身を呼ぶ声に気付いたフィーネはそちらへと視線を向ける。

 フィーネの口の中には甘酸っぱい苺の味が広がっていた。普通の飴と違うのは、直ぐにシュワっと炭酸の気泡のように溶けて消えた所である。

 「お兄様? そんなに慌て、」「フィーネぇぇ! ああああっ遅かった。」

 そんなに慌ててどうしたのよ。と、フィーネが言い終える前に、大慌てをしたままのサウトがフィーネに抱き着く。が、それも直ぐに終わり、彼女から離れたサウト。彼は震える声で「この香りはやはり……。」と、素知らぬ顔の晴臣を人睨みしたあと、後ろを振り向く。

 サウトより遅れて虎太郎とロドリゴが少し息を切らせて駆け足でやって来ていた。

 「鬼の居ぬ間に、やってしまったな。」

 「それにしても、いつもと違って互いに言葉ではなく雰囲気で牽制し合っていますよね。珍しいものです。恋愛関係だからでしょうか。それとも……。」

 呆れや戸惑いを通り越し、ロドリゴは関心をしてしていた。ロドリゴの中ではある仮定があったが、彼は確信なく口に出すような性格ではない。

 「それにしても、じゃねぇよ! 恋愛に一切合切関わらなかったら、こんなに拗らすのかよおお!!」

 嘆くサウトに対して虎太郎は「元々の性格も関わると思うのだが。」と言うが、サウトには届かなかった。

 「何を騒いでいるんだ、サウト。珍しく支度が早かったね。全部ロドリゴ任せにしたのか?……あれ、私が一番最後だったか。」

 セインが来た。とはサウトと虎太郎の心の内である。置いてけぼり状態のフィーネの頭には疑問符がわいていた。
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