紫苑の宝玉 亡国王女と勿忘草

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第一章 亡き王妃との約束

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 部屋に招かれたのは三人だった。フィーネは外で見かけた二人に軽く会釈をし、サウトに駆け寄った。

 「お兄様、お帰りなさい。」

 「ただいま。急に押しかけて悪かったな。」

 「大丈夫よ。ロドリゴは一緒じゃないのね……珍しい。」

 「セインの随意領域テリトリー内だと常に一緒って訳じゃないぞ。まあ、今は頼み事をしてるだけさ。昼食開始までには帰って来る。」

 「ふぅん。最近皆忙しいわね。」

 「寂しかったか?」

 「……少し。」

 頬を赤らめて言うフィーネ。微笑ましい表情のサウトは「よしよし。」と言いながらフィーネの頭を優しく撫でる。フィーネは頬を染めたま嬉しそうに撫でられていた。入口に控えたアンナは尊いものを見るかのようにその様子を見守っていた。

 「余はいつまで黙っていれば良いのだろうか。」

 安寧を打ち砕くかの如く第三者の声がかかる。晴臣ハルオミだ。東方の国、特にノ国の出身者は受け身で比較的空気を読むのが得意であったが、晴臣は敢えて空気を読まず声を出していた。それ程までに彼はフィーネに興味があった。

 「すまんな、つい忘れてた。フィーネ。アンナから少しは聞いたと思うが彼らは友人だ。暗い赤色の服のがハルオミで、緑っぽい青色の服のがコタローだ。」

 紹介を受けた二人がフィーネの前に立つ。

 「余は陽ノ国出身の朱雀すざく晴臣はるおみである。こちらの名前で言えば、ハルオミ・スザク…となるな。」

 「同じく陽ノ国出身の虎太郎こたろうだ。」

 フィーネは彼ら一人一人と握手を交わすと、「ハルオミさんと、コタローさん……。」と何回か口に出した。慣れない発音を覚えようと二人の名前を繰り返す姿に、晴臣は胸が締め付けられるような感覚になった。

 何度か繰り返した後ハッと我に返ったようにフィーネは背筋を伸ばす。

 「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はフィーネと申します。宜しくお願いします。ハルオミさん、コタローさん。」

  片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げ、背筋は伸ばしたままフィーネは"カーテシー"と呼ばれる姿勢で挨拶をした。

 「ほう……とても美しい所作であるな。アンナ殿が教授したのであろう? 筋が良いではないか。」

 そうでしょう、そうでしょう。アンナは鼻高く頷く。

 褒める晴臣の傍らでは、「フィーネ……、あんなに大きくなって……。」と口を手で押えて感動するサウト。虎太郎が「つい最近出会ったばかりだろう。」と珍しくツッコミを入れていた。

 「ありがとうございます。」

 褒められたフィーネは照れながらも素直に喜ぶ。晴臣はそれをじっと見つめながら、目を細めた。

 「余の国の礼儀作法も学んでみないか? きっと面白いぞ。」

 晴臣の誘いにフィーネは首を傾げた。

 「陽ノ国の、ですか?」

 「うむ。陽ノ国は四つの領に別れており、余はその一つである朱雀領の次期当主である。ここの季節は夏と冬しかないが、陽ノ国には季節が四つあってな、同じ場所でもそれぞれの季節で違う美しさが見える所が自慢の国である。 是非ともフィーネ殿に余の所へ来て欲しいものだ。 」

 「四つの季節……!」と呟いて想像をふくらませるフィーネは、興味津々の様子である。陽ノ国の事は分からないが、取り敢えず晴臣が偉い立場であるとだけ彼女は認識した。

 冷や汗をかいているサウトは二人の間に割り込む。

 「……他意はないんだよな? な? ハルオミ?」

 「他意? そのままの意味なのだが。保守的な頭の固い家臣が多い故に礼儀作法は必須だからな。早くから学んでおいて欲しいのだ。」

 聞きたかったことは晴臣に伝わっているようで伝わっていない 。サウトの頭の中には、まさかコイツが、という驚きで埋め尽くされていた。

 「良いですね。違う文化に興味がありますし、陽ノ国にお伺いしてみたいです。」

 呑気に肯定の返事をするフィーネ。サウトは一瞬、背後に稲光を感じた。

 そしてサウトは想起していた。

 学生時代、晴臣は自身に好意を寄せてくる女の子たちを尽く嫌い、『恋愛なんぞせぬわ鬱陶しい。』と言っていた事を思い出していた。更に最近も『恋愛なんぞ云々……』と愚痴愚痴と言っていたのを聞いたばかりである。

 「コタロー、あれを……ヤツの言葉を簡潔に翻訳してくれ。」

 「フィーネ殿と結婚したいそうだ。」

 虎太郎からの返答にサウトは頭を抱えた。

 兄として、友人たちになら妹を任せられる。どうせなら友人たちの中から結ばれて欲しい。サウトはそう思っていた。フィーネとセインの様子を見るまでは、せめてコタローが頑張ってくれれば、と軽く考えていた。だが現実を見てみる。恋愛はしないと言っていたが、フィーネを?、と考えては、いや真逆そんなことは無い、と考える。

 セインは自身のその生い立ちやの事を考えて恋愛事は避けていた為、今回のフィーネへの態度が微笑ましいと最初にサウトは思っていた。晴臣に至っては女嫌いに片足を着いた状態だった為に、サウトは似た立場として晴臣の将来を心配していた。そして今、晴臣はその心配が晴れるかもしれない状態である。

 「サウト。己たちに出来るのは手を出さないことだけだ。静かに子供たちを見守ってあげるんだ。」

 「何処の親御さんだよ。」

 セインはどう思うだろうか。

 ─────もしも、セインが今より最悪の選択をしてしまったら、俺たちの計画は白紙じゃねーか。かと言ってハルオミに諦めろとも…。まてよ。ハルオミもセインも実際に"恋"の意味での愛情だとはっきりした訳じゃない。

 そうやって悶々と考えた末にサウトはなけなしの希望を抱いた。

 「うん?……フィーネ殿。眠れていないのか?女人に言っても良い事か分からぬが……くまが隠しきれていないぞ。それに、少し赤みがある。目が腫れたのか?」

 サウトが思考を巡らせていた時、ハルオミの冷たい声が聞こえた。正確にはフィーネに対しては気遣う声色だったが、サウトには自分が責められているように聞こえていた。

 そばにいながらフィーネの変化に全く気付けなかったことが情けなかったのだ。

 そこへタイミング悪く扉を叩く音が響く。一旦、話は有耶無耶になった。

 「フィーネ。皆そこへ集まっている気配がするけど、私もお邪魔してもいいか?」
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