紫苑の宝玉 亡国王女と勿忘草

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第一章 亡き王妃との約束

久しぶりの再会

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 門番は交代制で、門前に立つのは基本的に一人である。と、言うのも、現在の屋敷の主であるセインが屋敷全体を護っているため、本来ならば門番なんていらないくらいである。それでも一人いるのは、ただの体裁であり、善良な来客への対応のためであった。

 殆どは今日のようにセインとサウトたち主従の友人への対応が仕事であるが、頻繁ではない。前回から既に二ヶ月近くは訪問がなかった。苦痛ということも無く、寧ろ門番たちは彼らと話をするのを楽しんでいた。騒ぐ着物の男を見て、相変わらず面白い人だ、と門番は思う。この時間帯の勤務で良かった、と門番は内心喜んでいた。

 声を掛けられた彼女たちはと言うと。アンナは返事をしようとしたフィーネを連れて、出る限り自然に見えるよう踵を返して屋敷の裏口へと足を進めていた。その姿に着物の男性は首を傾げる。

 「……聞こえていなかったのか? うむ。門番よ、アンナ殿と一緒にいるあの娘御は誰だ? 見ない顔だぞ。」

 門番も彼女たちの後ろ姿を見送り、どうしたものか、と考える。伝えても良いものか良くないものか。どっちにしろセインはそんな事で罰することは無い。

 「おおかた噂のフィーネ殿だろう。晴臣ハルオミ、程々にしておかなければ焦げるぞ。」

 悩む門番への助け舟と言わんばかりに袴の男は着物の男、すなわち晴臣へ向けて言った。それを聞いて自身の顎に手を添えた晴臣は、「焦げ……。」と苦い顔で呟いて身体を震わせた。しかし、直ぐに気を取り直して「あの娘がフィーネ殿だったのか。」と納得する。

 「遠くから見ただけだが中々に美しい娘であるな。虎太郎コタローもそう思わんか。」

 興味津々の晴臣の様子に虎太郎と呼ばれた着物の男は嫌な予感が過ぎった。虎太郎は「そうだな。」と返事を返しながら心の中では、面倒事が起きる、と確信した。

 「そういえば……セインから門番への手紙がここにあるのだが。」

 そう言って虎太郎は懐から紙を取り出すと、門番へと手渡す。晴臣は「それは一番最初に見せるべきものでは無いのか。」と呟いてジト目でそれを見守った。

 「何でしょうか。……お預かりしますね。」

 手紙を開いた門番は素早く内容に目を通した。程なくして「成程。」と頷く。

 「お二人を東の応接室にご案内致します。そこでお待ち下さい。サウト様は恐らくもうすぐ帰って来られると思います。セイン様はもう暫くかかりそうだと書かれてありました。」

 門番は門に掛けられた呼び鈴をチリリンと二、三回鳴らした。すると晴臣と虎太郎の足元に魔法陣が浮き上がる。彼らは慣れたように目を瞑るとその場で静止して待った。そして、「それでは、ごゆっくりおくつろぎ下さい。」と言う門番の声を最後に二人の姿は粒子となって魔法陣と共に消える。

 魔法陣は東の応接室と呼ばれるところに繋がっていた。粒子は人型となり二人の人間の姿を現す。晴臣と虎太郎だ。

 応接室に着くと晴臣はすぐ様、虎太郎にくってかかる。

 「虎太郎! 最初からあの手紙を渡しておけば円滑に屋敷へ入れたでは無いか! 貴殿は何を考えているのだ!」

 「おのれはいつも綿あめの事を考えている。」

 虎太郎は至極冷静に答えた。

 「んなっ?! この綿あめ厨めが! 余の事を考えろ! 貴殿は余の護衛であろう!」

 「……そうだったな。ではあんたにも分けてやろう。千切れ。」

 虎太郎は持っていた綿あめを晴臣へと差し出した。が、もう殆ど残っていない。千切れるほど綿あめは存在しない。寧ろほぼ完食していた。

 やや間が空いた後「美味かったか?」と呆れて言う晴臣。虎太郎は目を輝かせて「勿論。セインの食への拘りを感じた。」と返事をした。晴臣の表情はいよいよ無であった。チベットスナギツネのような顔、というのはまさにこの表情である。残っていた一欠片の綿あめは虎太郎の口の中へと溶けていった。

 刹那彼らの近くに魔法陣が一つ浮かび上がり、粒子が人間の形を型どった。手入れの行き届いた見事な短い金髪がふわりと揺れる。

 「あれ? セインは……まだ来て無いのか。にしても、ほんっとに久しぶりだなお二人さん!」

 部屋を見渡しながらサウトは現れた。彼からそう遠くない位置ではあるが晴臣と虎太郎は駆け寄る。

 「通信機ではよく話すが……最近はみな忙しくしておったから会えずじまいだったな。久しいぞ。」

 「会えて嬉しい。」

 「東の国は遠いから仕方ないもんなあ。まっ、元気そうで何より。」

 一名足りないものの、彼らは互いに肩を寄せて抱き合うと再開の喜びを分かちあった。

 暫くして晴臣は部屋をキョロキョロと見渡した後に、「セインの事は、どうだ?」と静かに声を出す。まるで内緒話をしているかのようである。事実セインには内密に行動していることであったのであながち間違いではない。

 「余のほうでも色々調べているのだが……未だ成果なしだ。」

 悔しげにそう言う晴臣。皆一様に真剣な面向きである。

 「晴臣とは別行動で己も独自に調べている。だが……同じく。」

 虎太郎は首を横に振った。

 「俺の方もだ。取り敢えずはこのままフィーネに絆されて……意見を変えてくれるのを待つしかない、ってところだな。あと七年、アイツが諦めたって俺たちで何とかしてやろう。」

 表情に影を落としたサウトは、拳を握りしめてそう言った。言葉の最後には決意が込められている。

 晴臣は「うむ。当たり前のことではないか。」と言ってニカッと笑う。虎太郎は「当然。」と言って頷いた。

 彼らはセインの秘密を知っている。
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