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第一章 亡き王妃との約束
東の国の来訪者
しおりを挟むサウトとロドリゴが屋敷へ来てもう三週間が経っていた。男性陣は時折、「仕事に行ってくる。」と言って屋敷を出ている事があるが、夕食には必ず皆で集まって食べている。まるでひとつの家族である。最も最近はその食卓から一人欠けているが。
屋敷での暮らしも、アンナに世話をされる事にもフィーネは慣れた。初めから主従関係であったかのように円滑な関係を気付いている。フィーネの体の調子も良い。連日天気が良く、フィーネはアンナを連れて庭で毎日散歩をするのが日課となっていた。この時期は彩色豊かな花々が庭を美しく飾っている。
この日もフィーネはアンナを連れて散歩をしていた。手に持っているのは百合をあしらった日傘。サウトからの贈り物である。彼と器が血縁者だからか"お兄様"と呼ぶのも今では当たり前になっていた。
「今日はセインもお兄様もロドリゴもお仕事なのよね。じゃあ、今日の授業は無いのかしら。……それに、セインには当分会えてないし。」
残念そうにフィーネが言う。
貴族には家庭教師が付くものだったが、フィーネは貴族ではないこともあってか家庭教師は付いていない。しかし、彼女はそれと同等、或いはそれ以上の勉学やマナーをセインたちから教わっていた。刺繍や社交界のことなどアンナからも教わることがある。フィーネは他に比べる対象がいないため気付いていないが、貴族と言っても謙遜無いほどの教養を学んでいた。今ではもう不用意に寝巻き姿で人に会わない。
「授業はお休みだと伺っています。本日は皆様揃って午後からご友人と共に帰ってこられ、昼食をフィーネ様とご一緒に召し上がりたいそうです。」
「友人?」
「はい。お二人来られます。ご友人については私からはご紹介出来ませんので、どのような方かは来られてからのお楽しみ、という事にして下さいね。」
「分かったわ。」
彼らの友人は癖が強そうだと思いながらフィーネは口角を上げた。
「ところで、さっきから声が聞こえない?玄関……門の方からかしら。行ってみましょう。」
フィーネの提案に一瞬考え込んだアンナだったが、私がお守りすれば良い事ですね、と心の中で呟く。
「確かに……そうですね。どなたかいらっしゃったのかもしれません。」
二人は門の方へと急ぎ足で歩みを進めた。
門の前では門番と揉める髪の長い男性と、それを不動で傍観している男性がいた。
「これはセインとサウトへのサプライズだ! 言っては意味が無いではないか!」
「そうは言われましても……セイン様からはご一緒に帰ってこられるとお伺いしておりましたので、今はお通し出来ません。」
「堅い! 遥々遠くから来てもうヘトヘトだというのに……。」
揉めている男性はロドリゴのような黒目黒髪で象牙食の肌、フィーネが見たことも無い服装をしていた。アンナは「東の国の和装……着物と呼ばれる服です。」とこっそりフィーネに教える。
「近辺に良いお店が幾つかあるので紹介致しましょう。」
慣れているのだろうか。顔色一つ変えない門番は焦燥することも無く冷静に対応していた。
「違う違う! 余はここで食べたいのだ! だいたい、この服装で行ったら注目の的ではないか! ゆっくり出来ぬぞ!」
「こちらで服を預かりますので脱いで行けば良いですよ。生憎とお貸しできる服は持ち合わせておりませんが……。」
「裸で、行けと?!」
臙脂色をした紗綾形模様の着物、くちなし色の腰紐、紺鼠色の羽織。男性はそんな自分の服装を見下ろした後、門番に向けて「冗談であろう?」と言いたげな表情をする。
「下着でも大丈夫ですよ。直ぐにお迎えにあがります。そうすれば屋敷内に入れますから。」
「それは大丈夫では無いやつであろう。セインが帰ってくるまで牢屋で拘束されるやつではないか。あとセインに半殺しされる。」
「公然わいせつ罪ですね。」と言うドヤ顔で言う門番に、男性は必死な形相で「せぬわ!」と返す。
「貴殿も黙ってないで何とか言ってくれ!」
一緒に来たというのに、動きもしない、喋りもしないもう一人の男性。彼もまた不思議な服装である。フィーネがアンナに視線をやるとアンナは「あちらは袴と呼ばれる和装です。」と教えた。
「お腹が空いた。綿あめあるか?」
錆納戸色の長着、無地の錫色をした平袴の男性。彼は門番へ向けてやっと声を出した。
「何故なんだ!!」とツッコミを入れる着物の男性を他所に、門番は「ありますよ。どうぞ。」と言って綿あめを取り出す。
「何故あるのだ?! どこから出した?!」
「流石はセインの兵士だ。いつも感謝している。」
「貴殿はいつも貰っているのか?! 気づかなかったぞ……。」
「まぁな。あんたも何か言ってみると良い。」
そう言う袴の男性の雰囲気につられて、着物の男性は「余は苺が欲しい。」と言ってみた。が、返ってきたのは「そうですか。」と言う門番の声。
「くれんでは無いか!!」
「あるかどうか聞かねば"ある"と言えん。言い方の問題だ。」
着物の男性は「細かいぞ! 中々に面倒くさい!」と不満を言いつつ、「苺はあるか?」と素直に言った。
「ありません。」
「無いではないか!!」と羞恥心丸出しで声を上げる着物の男性を気にもせず、貰った綿あめを味わう袴の男性。
「生物ですからね。持っていませんよ。代わりに煎餅を差し上げます。」
門番は彼らの扱いに慣れているように代わりのものを差し出す。
「煎餅か……頂こう。感謝する。」
苺と煎餅では大分と違うが、着物の男性は満足しているのか嬉しそうに煎餅を受け取った。その様子にフィーネとアンナは小さく笑う。
「面白かったわね。……漫才師?」と口元を緩ませて言うフィーネに、「違いますね。」とアンナは返答する。
「お二方とも件のご友人です。放っておきましょう。さあ、戻りましょう。今すぐに。」
アンナの表情は、「面倒事になりますから。」と語っていた。そしてアンナの胸には嫌な予感があった。
しかし、もう遅い。
「お~い! そこの娘御~!」
着物の男性の声は彼女たちの方へと向いていた。
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