紫苑の宝玉 亡国王女と勿忘草

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第一章 亡き王妃との約束

思い出すこと

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 「あっ、俺やロドリゴに敬語は要らないからな。えっと、フィーネと呼び捨てで呼んでもいいか?」

 「あっ、ええ、いいわ!」

 そんな様子の二人に、やはり似ているな、と思いながらセインは彼らを眺める。サウトの胸には懐かしさと愛しさが想起されていた。

 静謐な雰囲気が流れ出す中、兄妹としてもっと話がしたいと思ったサウトは一度深呼吸をして気を落ち着かせた。

 「記憶が無いとは聞いていけど、ここに来る直前は何をやっていたんだ?」

 サウトの質問に、セインが何か言いたげな表情でサウトを見遣るが、彼にはその視線の意図が掴めなかった。

 セインが内心慌てている。と言うのは付き合いもそこそこ長いのでサウトでも感じることは出来ている。しかし、肝心の中身が分からない。

 「記憶を無くしたのは三年前よ。それからずっと戻らないまま。私、回復魔法が得意みたいだから山で採れた薬草に魔法を加えて調合して、それから、配って……誰に……? あ、皆に、村で、ラナさん……にも、あげて……? 村で、薬草を学んで……? 村……あの場所は……?」

 「フィーネ? おい、どうした?」

 虚ろになったり気を取り戻したりを繰り返すフィーネ。サウトはそこでセインの言いたかったことに気がついた。
 サウトは責めるような視線をセインに向けると、「セイン。」と名を呼んだ。そこには彼を諌める意味合いがあった。セインは諦めたように溜息を吐く。そしてゆっくりと口を開いた。

 「疲れているようだね、フィーネ。一度休んでくると良い。夕食の前には起こすよ。」

 「ええ……。なんだか頭がボーッとするし、そうするわ…。」

 「ゆっくり休めよ。」とサウトが言うと、フィーネは「ありがとう、お兄様!」と嬉しそうに笑った。

 その後直ぐにセインはアンネを呼び、フィーネを部屋に戻した。フィーネが応接室を出ると同時にサウトは机を飛び越えてセインに掴みかかる。

 「どういう事だ!!」

 「サウト様、落ち着いてください。」と彼を制するもロドリゴ自身も剣呑としていた。セインにとっては予想の範囲内である。彼にとってフィーネが大切であると言う事を、セインは知っていた。だから逃げず甘んじて行為を受ける。

 「お前、なんでフィーネに錯乱魔法かけてんだ!!」

 そう言って、胸ぐらを掴んでいるサウトの手に力が入る。

 「フィーネを守るためだ。安定したら解く。」

 セインとサウトの視線は交わることがなかった。サウトの真っ直ぐな視線をセインは見ていられなかったからである。セインはあくまでも冷静に返答していた。

 「その間フィーネに負担がかかるじゃないか! 人格だって不安定になるし、後遺症が残ったりしたら……!!」

 「分かっている!そんなこと、……分かっているよ。」

 セインは弱々しく笑みを浮かべて、「仕方なかったんだ。」と吐き捨てるように言った。サウトは随分長い事見ていなかった弱々しいセインの姿にたじろいで、セインを掴んでいる手を少し緩めた。

 「器からマグノリアの気配がするんだ。そのせいかフィーネの魔力が増えてきているようだが、器が対応しきれていない。このままではフィーネが死んでしまう! ……それに、消えたと思ったフィオラの気配も極薄くだが感じるんだ。」

 「なっ?! 器の中身はからにしたって言ってたじゃないか。」

 サウトは動揺した。マグノリアならまだ気にしないが、例えほんの僅かでもフィオラの存在がある事がサウトに複雑な思いを抱かせる。

 「ああ、空だった。何度も確認した。私にも何が起きているのか分からない。……もしかしたら気の所為かもしれないとも思う。」

 代償の上だとしてもこんなに力にも恵まれているのに、解決できないことがもどかしく、悔しくもあり、情けなく感じていた。だから、セインの声には自嘲が含まれていた。セインは最後に自身の勘違いである可能性を口にしたが、サウトとロドリゴは彼の様子からその言葉がただの願望である事を悟った。

 「つまり、今直ぐにでも魂と器が離れてしまう可能性がある状態……という訳ですね。」

 静観してきたロドリゴが口を挟む。セインは首を縦に振り肯定を示すと、「最悪の場合は、」と付け加えて言う。

 「フィーネの魂が器に乗っ取られてしまう。」

 サウトとロドリゴの表情が歪む。器に乗っ取られる、という事は、フィオラが生き返るのと同じ意味だ。二人はそれを察した。

 「だから余計なことは考えさせない。集中して、器を消してもらわなければ……フィーネという魂が消えてしまう。」

 「……だからって錯乱魔法なんて。」

 サウトの脳裏に過去の記憶が思い浮かぶ。錯乱魔法について、サウトには嫌な記憶を持っていた。故にセインの言いたいことは理解できるものの、気持ちが追いつかないのである。

 仕方なかった。彼にしてはそれ以外の上手い言い方が思いつかず、セインは黙った。

 サウトの過去を知っているからこそセインはバレないように魔力の色を消し、サウトに悟れないようにしていた。微量の魔力で錯乱魔法をかけたので、効果としては記憶を暫く忘れさせる程度である。しかし、無理に思い出そうとすると体調に支障を来すものでもあった。

 フィーネは器と同化している最中であるため、今暫くは記憶を思い出して欲しくないのがセインの思いである。彼女は意地でも村へ向かおうとする事が分かっていた。セインとしては同化が落ち着くまで直接的な刺激を作りたくなかったのだ。それ故に、深層である記憶操作の魔法ではなく比較的表層である錯乱魔法を使ったのである。

 「毒は薬になり、薬は毒になる。同じ物でも、誰がどう使うかが大切ですよ。」

 恐らくセインへのフォローであろう。ロドリゴはサウトを慰めるように語っていた。

 これはサウトにとって克服すべき事象である。サウトとロドリゴ。この主従が目指す先は、彼らにとって広大なものであるのだから。

 「なあ、セイン。俺はオマエにも無理をして欲しくない。それに、俺も共犯者だろ。」

 サウトの言葉に、「俺、ではなく、でしょう?」とロドリゴは付け加えた。

 五人。セインや他の友人を含めた彼らは、それぞれ互いに補い合う存在であり、共犯者である。それが絆を深めていた。
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