紫苑の宝玉 亡国王女と勿忘草

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第一章 亡き王妃との約束

頭脳と運

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 フィーネがアンナに話を逸らされたと気付いたのは、フィーネの支度を終えて北の応接室へ向かう道中だった。ここまでくるとアンナが話せない話題だったと察した。

 今のところレオンハルトについては一切の情報が得られていない。セインに聞かない方が良いと聞いている手前、アンナからも聞けないとなると、それ以外の人物とは関わりがないのでフィーネは情報提供者に困窮していた。

 パンドラの箱のようだとフィーネは思う。それほどまでにレオンハルトという存在は隠さなければならないのか。そんなフィーネの心中はさておき、アンナは彼女を導きながら屋敷の軽い説明をして歩いていた。

 「北の応接室には幾つか遊戯が備わっているので時間潰しには丁度良いのですよ。セイン様がそこを指定されたということは、暗にゆっくりして欲しいという意味が込められていました。」

 「そうだったのね。じゃあ今頃遊んで待ってるのかぁ。何があるの?」

 いいなぁ、というフィーネの表情。アンナは微笑ましそうに見ていた。
 
 「オセロやカードゲーム、人生ゲームといったポードゲームをはじめとして……後はダーツやビリヤードもありますよ。」

 「結構あるのね。」というフィーネはソワソワとしていた。遊びたい、という気持ちが出ている。

 「今日はお話中心となるでしょうから、明日、遊びに行きましょうか。」

 アンナはそう言って微笑んだ。それを聞いたフィーネは今日では無いことに残念に思うが、「ええ!ぜひ!」と、明日が楽しみだと浮き足立って返事をする。

 格好良くビリヤードやダーツをしているセインの姿がフィーネの脳裏には浮かんでいだ。

 ──その頃の男性陣と言えば。

 「くっそ! ほらよ! 祝い金だ!」

 サウトが悔しげに声を唸らし、セインへ向けてゲーム紙幣を五枚押し付けていた。

 「ふむ。しかし、もう持てないな。」

 そう言いながらもゲーム紙幣を受け取るセイン。その手にはゲーム紙幣の分厚い札束が握られていた。真剣な表情で光沢のある一人がけのソファに足を組んで座っている様は、さながらどこかの危ない組織の首領ドンである。ちなみに黒いマントは応接室へ来る前にセイン自身の部屋へ置いているので、現在のセインは下級貴族のような簡易的な礼装であった。

  「これはもう独壇場ですね。私は安定した収入と家族が手に入っているので現状で満足していますが……。」

 ロドリゴはチラッと主であるサウトを見遣る。その目には憐れみが浮かんでいた。

 「何で、何で俺だけ独身無職なんだ?! 結婚ゾーン過ぎたどころかもう終盤の老年期ゾーンなのに!」

 手元に残ったたった1枚のゲーム紙幣を握り締めたサウトは絶望にうちしがれた。

 そう、彼らは人生ゲームをしていた。セインの駒は十個、ロドリゴの駒は四個、サウトの駒は一個である。手持ちの事業や金銭を含めて、断然トップでセインの勝ちは強固だった。

 コロコロとサイコロが転がる。

 「おや、ゴールだね。お先に。」

 巨額な富と大家族を抱えたまま、セインはゴールへ辿り着いた。続いてロドリゴがサイコロを転がす。

 「あ、ゴールしました。お先に失礼しますサウト様。」

 まるで挑発するかのように手を振る二人に青筋を立てながらも、サウトは気を取り直して「まあ、この距離なら俺も。」と言ってサイコロを転がした。そしてゴール直前で駒を止めると、そのまま黙り込んだ。

 「どうした? 惜しかったな。えーっと、……ハリケーンに全てを吹き飛ばされた。全財産を失くし別枠の過酷な老年期編へ進む……なお、別枠は別途料金にて販売……?」

 セインがマスに書かれたことを読むと、三人の間に沈黙が流れる。

 「今まで誰も止まらなかったので気にしたことありませんでしたが……別枠、あるんですね。」

 気の毒そうにサウトに視線を遣ったロドリゴはセインに話しかけた。

 「そうみたいだな。へぇ、別枠はマス数が百だと説明書に書いてある。」

 セインは説明書を広げて言う。

 「百マスぅ?! 過酷な老年期編とか要らねぇだろ!! もうゴールさせてくれ!!!」

 斯くして人生ゲームは終了した。

 「次はビリヤードでもするか。」というセインの誘いに、サウトは「それならいける気がする。」と命を吹き返したような穏やかな表情を浮かべている。セインとロドリゴの憐れみの視線の中、サウトは開放感で満たされていた。

 そして三人はボードゲームの席を立ち、ビリヤードの方へと足を進める。

 「時間的にはセブンボールじゃねぇ?」

 「途中で止めてもいいし、ワンポケットかテンボールでもいいね。」

 「コールショットで俺が苦手なとこばっか指定するだろオマエら。いっつも共闘するからテンボールは却下。ワンポケットは頭が痛い。」

 「では、ナインボールにしませんか? セブンだとあまりにも簡単すぎますし。」

 「まあ確かにね。じゃあナインボールにしよう。」

 彼らはビリヤード場に着くと、それぞれキューと呼ばれる木の棒を手に取った。そしてビリヤードテーブルの中心へ手球を含めたボールを集める。

 「あ、そうだ! ブレイクランアウトとブレイクショットの練習したから前より俺は強くなったぞ。そろそろ一回でもどっちかに勝ってみたいんだけどなあ。」

 「では、ブレイクショットはサウト様ですね。私たちだと直ぐにナインポケットしてしまうので。セイン、バンキングで順番を決めましょう。」

 「そうだね。まあ、何も考えずに適当にやれば入らないけど、運にもよるし。」

 セインとロドリゴは隣にある別のビリヤードテーブルにボールを置いた。

 「そもそもそれがおかしいんだよな。最初の一発でポケットしすぎなんだよオマエらは。」

 ジト目で彼らを見遣るサウト。

 セインとロドリゴがキューでボールを弾く様子を眺める。ボールを整えながらサウトは「頭脳と運、つってもなあ。」と悲しげな表情で呟いてセインに視線を向けた。


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