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第一章 亡き王妃との約束
私は誰でしょう
しおりを挟む並んだドレスを慎重に確認するアンナを横目にフィーネは姿鏡をじっと見ていた。姿鏡に映された自身の姿を見て、フィーネは胸が熱くなった。しかし同時にモヤモヤとした思いもせり上がる。
フィーネとフィオナの思いが同時に存在しているのではないかとフィーネは考えた。一瞬、アンナへ相談してみようかと思ったけれど、アンナがフィーネの正体を知った時どんな反応をするかが怖くなって聞けなかった。
セインにしか、言えない。
「あ、そう言えば、セイン……様、って何者なの?」
所作だとか立ち振る舞いを見ていると、セインは少なくとも平民ではない。その事はフィーネにも分かっていた。
そうして取ってつけたように"様"を付けたフィーネ。アンナは面白そうにクスッと笑みを浮かべた。
「公式の場ではないのでご無理なさらなくても大丈夫ですよ。けれど、普段から呼んでおいた方が慣れやすいのはありますね。」
公式の場。ドレスコードのあるパーティーが思い浮かんだフィーネは、私には無縁の所だわ、と思う。そんなフィーネの様子を感じつつ、アンナは「そして、セイン様の事ですが、」と次に話を移した。
「私たちには緘口令が敷いてあるので、正解が言えません。」
結局、フィーネが求めた答えは得られなかった。「申し訳ありません。」と謝るアンナに。フィーネは首を振る。
「そういえば、ここのドレスは思ったよりシンプルなのね。私が好きなタイプだわ。大きな屋敷だから1人じゃあ着れないくらいの複雑なドレスかと思ってたけれど安心した。」
フィーネは自ら話題への終止符を打った。
「気に入って頂けて良かったです。これらのドレスはセイン様がフィーネ様へ贈られたものなのですよ。フィーネ様に似合う着やすいドレスを、と真剣に選んでおいででした。」
「これらのドレスが贈り物?」とフィーネは呆然とする。
「はい、全て贈り物です。サイズは私が測らせて頂きました。」
先程の誤解を受けてか、肯定につけ加えてアンナがそう言った。
フィーネは一つ一つのドレスを手に取って見てみる。手触りがよく、安物ではないことは確かである。デザインも細かいところで工夫されているものが多く、刺繍や宝石が適度に散りばめられ、美しさと上品さを感じた。似通った物はひとつとなく、見たところ十着はゆうに超えている。
沢山のドレス。まるでこれからもここで過ごせるような用意だ。
しかし、フィーネとしては屋敷に長居するつもりはない。
「でも、私、帰ら、なきゃ、いけ、ないのよ。そう、帰る……何処に……。」
どこか虚ろな表情で途切れ途切れに言うフィーネに、アンナは"しまった"とでも、言うような表情になったが、フィーネは気が付かなかった。
アンナは急ぎ早に話を切り出す。
「あら、もうこんな時間ですね。今フィーネ様がお持ちのドレスに着替えましょうか。」
「え、ああ、そうね。随分と待たせてしまって大丈夫かしら。」
フィーネに表情が戻る。アンナは心の中で安堵していた。
「どちらかと言えば大丈夫でしょうが、来客もあるので少しペースを早めましょう。」
ドレスを着ながら考える。
来客。フィーネは部屋に入る前に見た2人の男性の姿を思い浮かべた。セインには美人という言葉が似合うが、あの二人も整った顔立ちだった。一人はよくある物語の挿絵にあるような金髪の王子様。もう一人は、エキゾチックで切れ長の目を持った見慣れない顔立ちだった。黒色はフィーネたちが住む大陸には珍しい色である。
「あの人たち、セインの友人かしら。」
「はい。学生時代からのご友人だと伺っていますよ。後もう二名いらっしゃいますが、よく五人でお会いされているのでフィーネ様も直ぐに存じ上げることでしょう。」
私にも、そういう関係の人がいたのかしら。フィーネは考えたが、何も思い浮かばなかった。仮にいたとしても、フィーネ本人すら分かっていない状況に巻き込む訳にもいかないとフィーネは考え、結果、諦めた。
ドレスを来た後、今度はドレッサーの前に案内されたフィーネ。アンナに促され座り心地の良い椅子に座らされた。アンナは手早く髪を整えていく。長いミルクティ色の髪はアンナの手によって編み込みがなされていく。
セインと友人、というワードでフィーネはふと思い出したことがある。
「ねえ、アンナ。セインの知り合いで、レオンハルトっていう人を知ってる?」
アンナを見ていると普通の侍女にしか見えなかったが、マグノリアが遣わした下僕としての線もあるので、マグノリアとの約束の一つを成し遂げるため、フィーネは一番気になる存在について聞いてみた。
「!……何処でそれを?」
剣呑な面向きとなったアンナに、フィーネは考えていたマグノリアの下僕説が違うのではないかという事に気付く。
「ええっと、ある人から、宜しく、って頼まれたのよ。」
夢で亡きマグノリア王妃と会いました。彼女と約束をしたのでそれを実行します。そんな事はまだ知り合って間もない人に言えるようなことではない。フィーネは言葉を濁した。
「ちなみにそれはどのような人でしょうか?」
アンナが更に問う。
「そっそうね……えーっと、実はそれがよく分からないの。記憶が曖昧で……寝ぼけていたのかしら?」
頭を総動員させて考えた言い訳をフィーネは言った。それが吉と出たのか凶と出たのかはフィーネの知るところでは無いが、アンナは考える素振りを見せると「もしかして……。」と呟いた。
「不思議な体験をされたのですね。」
アンナは感慨深い様子でそう言って、フィーネに軽く化粧を施す。
「フィーネ様はお肌が綺麗なのでお化粧をするのが勿体なく感じますね。」
褒められたフィーネは顔がニヤけそうになりながらも、化粧の邪魔をしないように黙って耐えていた。
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