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第一章 亡き王妃との約束
気がかり解消へ
しおりを挟む「はっ。そういう事か……!」
察しが早くフィーネの誤解に気付いたセインは不満気な男二人を無視し、どこかへと走り出した。
暫くして彼は一人の女性を連れてきた。連れてこられたのはフィーネより幾分か歳を経た侍女服の女性。よくある焦げ茶色の髪を低い位置で後ろに纏め、団子のように留めていた。彼女は道中で事のあらましを聞いたらしく、困った様に苦笑いを浮かべている。
「お身体の清拭と整容は僭越ながら私がさせて頂きました。セイン様をはじめとして私以外は見ておりませんのでご安心ください。」
フィーネは扉に張り付いてそれを聞いていた。
「誤解だったんだよ、フィーネ。」
セインが優しく声を掛ける。誤解は早急かつ穏便に終わった。
サウトとロドリゴはホッと胸をなで下ろした。セインは大切な者への尽くし方が逸脱している、と彼らは知っている。それ故に彼ならフィーネへの看護も一人でやり兼ねないと思っていたのである。杞憂に終わって良かったと彼らは心底思った。
「あと、これを機に貴女に侍女を付けようと思って彼女を連れてきた。出てきてはくれないか?」
身の潔白を証明したセインは意気揚々とフィーネを呼ぶ。思いが通じたのか、フィーネは静かに扉を開いて、こちらを伺うように身を少しだけ乗り出した。気まずそうな様子である。
「その、誤解してごめんなさい……。ちょっと困惑してしまってたわ。」
恐る恐る、頬を赤らめながらフィーネはセインを見上げた。所謂、上目遣いというものである。扉に体を隠し、恥じらいながら自分を伺う姿に、セインは「かっ!!」と短く叫ぶと胸をグッと抑えた。可愛い。と、セインは口に出そうとしたが、明らかに場違いな発言である事は明瞭であったため、頑張って押し込めたのである。
「謝る事は無いよ。どのみち私が勝手に判断した事だったし、こうなる前に伝えておけば良かったんだ。」
一同が「か?」と疑問符を浮かべる中、セインは我を持ち直して誤魔化して言った。
「それと、彼女は信頼している侍女でね。同性がいた方が君も心強いだろう?彼女はアンナという名で、貴女とは年齢も近い。では、アンナ、彼女を宜しく頼むよ。」
アンナと呼ばれた侍女は「はい。」とセインに礼をとると、キョトンとした顔のフィーネに近付き、愛想の良い笑みと共に美しいカーテシーをとる。
「改めまして、アンナ・リーズと申します。フィーネお嬢様のことはセイン様よりお聞きしておりました。身の回りのお手伝いやお話し相手などをさせて頂きますので、よろしくお願い致します。」
堅く真面目な人のようだが、雰囲気の柔らかい人だとフィーネは感じた。そしてあまりにも丁寧な挨拶に、「私がお嬢様?!」と驚きながら、フィーネもきちんと挨拶をしようとして慌てて扉から出ようとした。しかし、アンナは「お待ちを。」と、フィーネを制する。
「今、お嬢様はネグリジェを着られています。……マナーをご存知の殿方はどうするべきかお分かりですね?」
振り返って言うアンナ。男性陣三名に向けて冷たい声と視線が突き刺さった。フィーネはアンナの視線を辿って、そこで初めてセイン以外の男性が、いることに気がついた。見覚えの無い男二人に、「えっ誰?」とフィーネは小さく呟く。
先程までの行動が見られていた、と気付いたフィーネは乗り出していた身体を扉の奥に引っ込めた。顔だけが少しばかり覗いている状態である。
フィーネから訝しげな視線を受けたサウトとロドリゴは、アンナとフィーネ二人へ交互に視線を遣った後、諦めたように 「後ほどお会い致しましょう。」と丁寧に言って お辞儀をした。
「それでは、北の応接室で待っているよ。都合が着いたら来て欲しい。」
アンナが「畏まりました。」と返事をしたのを確認したセインはフィーネに視線を向ける。彼女へ向けて「また後で。」と言い残すと指定した場所へ、サウトとロドリゴを伴って足を進めた。
「さて、一旦お部屋にお邪魔させて頂きます。お嬢様、お部屋に戻りましょう。」
男性たちの後ろ姿を見送りつつ、アンナはフィーネに部屋へ入る事を促す。セインがそばにいない事に何となく寂しいと感じながらも、フィーネは彼女に従った。
まず行ったのは顔を洗うこと。部屋に付いたバスルームには大きな鏡の着いた洗面台があり、そこで行った。
鏡を見た瞬間、顔が違う事に気が付いた。いや、これこそが自分の顔、身体であると思った。そうしてフィーネは夢での出来事を思い出した。
「夢じゃない。じゃあ約束も……。」
「フィーネ様?」
茫然と呟くフィーネの声はアンナまでははっきりと届かなかった。アンナに名前を呼ばれて我に返ったようにフィーネは「大丈夫です。」と返し、もう一度顔を洗う。
洗面台の横にある棚から肌触りの良いタオルを出したアンナはフィーネのタイミングに合わせてタオルを差し出してくれた。
マグノリアが夢で言っていた下僕というのは、もしかしてアンナの事だろうか。フィーネは考えた。だからセイン経由で彼女が侍女としてはフィーネに付いたのだと彼女は考えていた。
「ありがとうございます、えっと……アンナさん。」とフィーネがお礼を言うと、少し目を見開いで驚いたアンナだったが、直ぐににっこりと笑顔を浮かべる。
「私に敬称は必要ありません、アンナとお呼びください。そしてお嬢様はお嬢様の普段通り、気軽にお話ください。」
「あの、じゃあ、アンナ。アンナも私の事はお嬢様なんて呼ばずにフィーネと呼んでくれたら嬉しいわ。」
「まあ。それではフィーネ様と呼ばせて頂きますね。」
「"様"付けも敬語も要らないのに……。」と残念がるフィーネに対して、アンナは眉を下げた。
「私の話し方は癖ですのでご了承ください。リーズ家は代々続く使用人の家系ですので、家族間でも敬語が飛び交う程ですから。主人に対する敬称もその延長線という事でお許しください。」
ふうん、そういうものなのか。とフィーネは心の中で関心した。アンナと談笑しながら、次にフィーネは大きな姿鏡の元に案内される。側にはハンガーに吊るされたシンプルなドレスたちが数着並んでいた。
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