紫苑の宝玉 亡国王女と勿忘草

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第一章 亡き王妃との約束

誤解ファクトリー

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 覗きの犯人は逃げられない事が分かっていたので、すぐ様隠れていた。性格上セインは追ってくるだろうことは分かっているからだ。

 金髪紅眼白人種のセインと違い、ロドリゴは黒目黒髪黄色人種。暗闇に上手く溶け込めているロドリゴとは違い、サウトはほんの少しの光にでも当たれば即見つかるのである。

 「なぁおい。何で同じ所に隠れるんだ、ロドリゴ。」

 「この屋敷の持ち主たるサウト様なら、この窮地を乗り越える隠れ場所をご存知かと思いまして。今はお供致します。」

 同じところに隠れても上手く行けばサウトの方が目立ち、ロドリゴは逃げる時間が作れる。

 長年の主従関係。お互いに感は鋭いほうであり、相手の考えている事を悟るには十分だった。そしてセインとの隠れ事において、この主従によくある光景である。

 「またかよ!主人を囮にする従者があるか!!」と勢いよくサウトが言った。ロドリゴは「どうどう。お静かに。」と、内心焦りながら諌めるも効果はない。

 「暗殺者やら盗賊なら返り討ちにできるがな、アイツはもはや比較にもならないレベルでゴリラじゃねぇか! 護衛するなら今だろ!」

 ゴリラという魔物がいる。動物種の魔物の中でも魔王と異名が着くほどの力を持つ魔物である。この世界の魔物は頻繁に出歩くことがなく、遭遇率も低い。

 「魔王と呼ばれた物は遥か昔に滅びましたと言いますが、ひっそりと存在するとしたらセイン様のような存在でしょう。」

 ロドリゴは続けて「討伐不可能ですね。」とキッパリ言い放った。

 そんな二人に魔の手が伸びる。

 「それはそれは……恐縮だね、お二人さん。では、そんなゴリラな私と少し、話でもしようではないか。」

 笑顔とは何か。笑顔とはもっと多幸感あるものでは無いだろうか。サウトはそう思いながらセインの笑みを直視した。

 ここまでか、と遠い目をするサウトとは裏腹に、ロドリゴはセインに向けてやれやれとでも言う表情を向ける。

 「全く……ご自分で彼女にあんな事を行っておきながら、見られた途端に恥ずかしさで我に返って悶え八つ当たりしないで下さいよ。」

 「えっ、お前何でそれ面と向かって言うの。ねえ何で火に油を注ぐ?」

 サウトは真顔でロドリゴに詰め寄りながら言った。悪夢のようなお説教時間が増えた。と、サウトは覚悟してセインの顔色を伺う。

 貼り付けた笑顔。そして無言だった。

 あ、いつものコースですね。とサウトは心で自分へ合掌した。

 ──間。

 そうしてセインがフィーネの元に帰ってきたのは彼が部屋を出てから約20分後の事だった。

 彼女の部屋の扉をリズム良く叩くと、今度はフィーネの声がきちんと聞こえた。聞こえたが、セインの望んだ返事では無かった。彼は考えても考えても理由が分からず焦っていた。

 「セインの入室はお断りします。」

 「なっ何故だ?!」

 タメ口からの敬語。即ち心の壁。

 からかい過ぎたか。それとも待たせ過ぎたか。はたまた違う事か。セインは悶々と考えた。あれから再びセインが部屋に入ることは無く、こうして押し問答が暫く続いている。

 そんなセインとフィーネの様子を遠くから見る二人。サウトとロドリゴは長い廊下の曲がり角から覗いていた。二人の髪の毛は所々無造作になっており、黒焦げた後ができていた。

 「うわあ。可哀想に。見られたから照れたのか?」

 「それだけではないような気がしますが……。」

 「じゃあ、女ったらしだって思われたのかも。逆にすっげぇ一途なのにな。恋愛事は知らねーけど。」

 「照れを見せないので慣れていると勘違いされやすいですからね。可能性はあります。」

 「けどさ、あの子、起きたばっかなんだよなあ。何ししたんだアイツ。」

 「先程の"あーん"が恥ずかしかったのでしょう。」

 「あー……そっか。よし、ここは俺が仲裁してみよう!」

 えっ。と言いたげなロドリゴだったが、「頑張って下さい。」とだけ静かな声援を送った。そんなやり取りをして、サウトとロドリゴは堂々とフィーネの部屋へと近付いた。

 「セイン。」

 セインは扉の前で右手は顎の下、左手は右肘の下を支え、少し冷や汗をかきながら考えていた。サウトから声を掛けられて、彼とロドリゴが近付いていている事に気付いたらしい。

 「……何しに来たんだ。」

 不機嫌さを隠さずセインが低い声で言う。声量が小さいあたり、フィーネにそんな面を見せたくない事が汲み取れた。

 「ここは俺に任せてみなって。」

 パチン。と効果音がついていそうな勢いでサウトがウィンクをする。彼の右手はがセインの左肩を軽快に叩いた。セインは胡散臭そうな目でサウトを見遣った後、首を振って深くため息を吐く。

 「もう一度、待って欲しい。て…もう一度だけ。」

 最初の焦りはとうに消えており、その瞳には不安が見える。そんな彼にサウトとロドリゴは驚き、目を見開いていた。

 一拍子置いて、セインは意を決したように扉を見据えた。

 コンコンッ、と扉を叩く。

 「フィーネ。私が何かしたのなら謝りたい。給餌が不快だったのか?それとも置いて出ていってしまったこと?からかった事?」

 「若しくは、」とセインが続けようとした時、扉の奥からボソボソと声が聞こえた。セインは聞こえなかった事を伝えようと口を開く。

 「フィーネ?すまな」「乙女の裸を見た罪は重いのよ!! あんなっあんな事……!!」

 羞恥を隠さない程の切実なフィーネの声が被り、セインの声が途中で止まる。ついでに身体の動きと表情も止まった。それはサウトとロドリゴも一緒であったが、彼等主従のフリーズは直ぐに消え、ハッと我に返っていた。

 「おまっ、オマエぇぇぇぇうちの可愛い妹に何してくれてんのぉ??」

 半ばゴロツキのようにセインへ詰め寄ったサウトは目を座らせて言った。ロドリゴはというとセインからそっと目を逸らして口を開く。

 「……お立場的に婚前交渉は控えた方が宜しいかと。」

 そこでやっとセインは我に返って叫ぶ。

 「待て!!!! なんの事だ?!」

 彼には一切の覚えが無かった。


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