紫苑の宝玉 亡国王女と勿忘草

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第二章 寂れた村の正体

目覚めないのはどっちか

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 「フィンには魔法が効きにくいのだ。だから極限まで疲労させて、少しでも効きやすくする必要がある。」

 「そんな体質の人がいるの?」

 魔法が使えない人の話はよく聞くけれど、魔法が効きにくい症例は初めてだった。フィーネは半信半疑でフィンを見下ろした。レオンとフィーネが話す間に、シュジャはどこからともなく薄い毛布を持ってきてフィンへ掛けていた。

 「現にフィンがいる。それにしても……最近働き詰めでゆっくり休めていなかったからか。ここまでぐっすり寝るとは思わなかった。やはり無理をさせたようだ。」

 「だから、あんな風にして怒らせてたのね。そういうキャラなのかと思ってたわ。」

 些か強引であったけれど、そうでもしなければならない背景がまだあるのだろう。フィーネはそう察して頷いた。だからもっと別の方法があるだろうとも思ったが口に出さなかった。

 「そうであったか……。」

 ふと聞こえた声。え?とフィーネは首を傾げる。

 「シュジャさん?」

 感心していたフィーネをよそに聞こえた言葉。フィーネは思わずその声の出処を呼んだ。

 まさか、この人はあれで普通に接してただけなのだろうか。いや、まさか。フィーネはそう思って彼の名を呼んだが、呼ばれた本人はといえば飄々として見えた。

 「なんだ、どうしたのだ。」

 「まさか……いえ、なんでもないです。」

 あまりに堂々たるシュジャの姿に、フィーネは問うのを辞めた。深く掘り下げるような事でもない。今はそれよりもやらねばならない事がある。

 「気を取り直して、よし! やるわよ!」

 お待たせしました、と気合を入れたフィーネの声によって全員の視線がフィンへと向く。仲間の様子が心配なのは付き合いの短いフィーネにも伝わってきた。

 柔らかな空気がフィンを包み、綿毛のように光が飛び交う。レオンとシュジャの雰囲気が冷たく変わったことに気が付かないフィーネは、眠るフィンへと手をかざした。

 神秘的な、神聖な光景がフィーネを中心にして広がる。まるで清廉な湖に佇んでいるような雰囲気が辺りを漂う。

 「懐かしいな。しかし……。」

 ─────不愉快だ。

 レオンの小さな呟きは隣にいたシュジャだけに聞こえていた。一瞬だけ横目でレオンを見遣った彼だったが、聞こえなかったことにしたらしい。静寂が辺りを包んだ。

 暫く誰も口を開くことなく、治癒を受けたフィンは目に見えて顔色が良くなっていった。程なくして光が空気に解けるように消えると、フィーネはレオンとシュジャの方へと身体を向けて口を開く。

 「これで大丈夫だと思うわ……あっ、思います。」

 見た目はフィーネよりも若く見えるものの、知る人物に似すぎて思わずフランクに話をしてしまった、とフィーネは今更ながら身を縮めた。

 「ありがとう。せっかくだし私達に敬称は要らないよ。普段の話し方で接してくれれば良い。見た感じ同い歳くらいだろうし。えっと……ん? あれ、名前を聞いていなかったか。」

 レオンは彼女の名前を呼ぼうとして、まだ名前を聞いていないことに初めて気が付く。

 「おお、そういえばそうだな。馴染み過ぎて気付かなかったぞ。」

 シュジャは声を上げて笑い、「それで、なんと言う名なのだ。」とフィーネに名前を促す。

 朗らかな雰囲気。警戒心が強いのか、そうでないのか。少なくともレオンとシュジャは表面に出さないようだ。フィーネはそんな彼らにすっかり心を許していた。

 「私は、フィーネ。」

 セインから貰った大切な名前。フィーネは誇りを持って名乗った。

 「うむ、ではフィーネ殿。改めて宜しく頼むぞ。」

 シュジャが歓迎の雰囲気でフィーネと握手を交わす間、レオンはじっと彼女を見ていた。

 「フィーネ……?」

 彼女の名前を呟いたレオンはフィーネに近付く。たじろぐフィーネをよそに、嘘は言っていないようだ、と心の中で呟いた。そして彼は誤魔化すように苦笑いを浮かべる。

 「ああ、いや、すまない。フィーネの名前を言わないフィンで遊んでいたけれど、私達も知らなかったのかと思ってね。」

 「遊んで……。」

 「ふむ、頑なに言わない訳だ。自分から名を聞くなどフィンには難しいだろう。」

 アッハッハッハッハッ。

 二人の笑い声が小さな部屋に響き、フィーネは苦笑いで口を噤んだ。

 何度見てもセインのようなレオンと晴臣ハルオミのようなシュジャ。フィーネは自分の知っている彼らに会いたくなった。

 「それにしても、フィンにフィーネ殿か。響きが似ておるな。」

 そう言ったのはシュジャ。

 確かに。と、フィーネは頷く。

 「ははっ。フィンが聞いたら怒りそうだ。でもまあ、助けられたから何も言わないだろうね。」

 「そうだといいけど……。」

 フィーネの脳裏には喚くフィンの姿が浮かぶ。仲良くなれるか些か不安であるが、フィーネにはこの場に留まる理由がなかった。帰りたい、と思うばかりである。

 「フィンは暫くは起きないだろう。それで、フィーネ。貴女にかけられた加護の魔法……それは誰が施したんだ?」

 向けられたことの無い冷たい視線。表情は柔らかく見えるものの、レオンの瞳には嫌疑がうかがえた。

 ゾワリ、とフィーネの背筋が冷える。

 急に、何でよ。真っ青な顔のフィーネだっだが、抱いた感情は恐怖よりも悲しみの方が強かった。まるでセインから向けられたように感じたのだ。

 「誰からの加護なんだ? 名前は?」

 何も答えないフィーネへ、レオンが再び問う。

 「セイン……。」

 俯いて、ポツリとフィーネがこぼした名前。レオンは目を見張った。その一瞬の沈黙を見計らったシュジャが「レオン。」と声を掛ける。

 「フィーネ殿に当たるでない。そもそも嫌い過ぎなのだ。頭を冷やして来るが良い。」
 
 フィーネには詳しい事など分からない。しかし、シュジャは何故レオンがこのような反応をしているのかをよく知っているらしい。

 「怖がらせてすまなかった。」

 レオンはフィーネから顔を背けて謝ると、急ぎ早に小屋から出ていった。そんな彼の背を見送った二人。

 「立ち話も何だ。」

 シュジャはそう言ってフィーネを椅子へと導いた。フィーネは促されるまま椅子に腰をかけると、窓へ視線を向けてぼんやりと眺めてみた。

 何も見えない。

 屋内は昼間のような明かりがあるのに、外は真っ暗闇が広がっていた。

 「もう、夜だったのね……。」

 「この小屋にはレオンの魔法がかかっておるのだ。明かりを小さくすることも消すこともできる優れものでな。夜をも忘れてしまう。」

 心ここに在らず、といった様子のフィーネを気遣うシュジャ。彼が選んだのは彼女をそっと見守るのではなく、寄り添って語りかける事だ。それはフィーネにとってありがたい事だった。

 今一人にされると訳の分からない現状を整理する暇もなかっただろう。フィーネは彼らと関わることで自分の置かれた状況から逃避していたのである。

 一人だったら。

 マイナスの妄想に囚われて、孤独に苛まれて、きっと酷く馬鹿なことを考えていた。自分が思いのほか混乱し、乱心していたなどと、フィーネは気づいていないのだ。

 シュジャはレオン達との冒険録を子守唄の如くゆっくりと語った。フィーネからの返事や反応は薄ら乏しいものであったが、彼女の小さな寝息が聞こえるまで、彼は傍に寄り添っていた。

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