紫苑の宝玉 亡国王女と勿忘草

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第二章 寂れた村の正体

見た事のある光景

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 「ハルオミさん……のご兄弟?」

 言われて思い起こしてみれば、彼に似た声だった。フィーネの記憶の中のハルオミよりも若い顔立ち。見慣れているものよりも短めの髪に、身長もフィーネが知っているハルオミよりも幾許か低い。

 「コイツ、何なの? 怪しすぎでしょ。俺的には拷問にかけるべきだと思うんだけど。」

 思案中のレオンとシュジャに代わって、フィンが警戒心丸出しでフィーネを睨む。ズブ濡れの姿でフードから覗く鋭い目。軽くホラーである。

 「ごっ、拷問……?!」

 フィンと呼ばれる男は、殺すだとか拷問だとか、なんて物騒な人だ。そうフィーネは心の中で叫んでいた。口に出すとろくな事にならないのは、ここまでくれば察しがつく。フィーネはハルオミの名前を出すべきではなかったと反省していた。セインの名前もだ。

 「いや、こんなに間抜けな暗殺者などいないだろう。」

 「間抜け……。」

 拷問を回避出来そうなことよりも、セインの声で間抜けだと言われたことにフィーネは落ち込んだ。

 「ふむ。まさに顔が口であるよな。隠し事には向かんようだ。……娘御よ、余はシュジャと申す。兄弟はおらんぞ。」

 ふんぞり返ってドヤ顔で自己紹介をするシュジャ。

 「シュジャさん?」

 「うむ。」

 短い返事をフィーネへと告げたシュジャは、レオンに視線を向けて合図を出した。レオンは小さく頷くと、フィーネと向かい合う。

 「私はレオンだ。」

 そう言って自らフードを取ったレオン。その顔はフィーネの知る美しいセインの面影がある。セインよりもやや幼い顔立ちだ。しかし、髪色だけは違った。レオンは金髪だったのだ。

 「レオン、さん?」

 「ああ。」

 レオンは目を細めて小さく笑む。フィーネの知っている表情だが、フィーネが焦がれる薄紫色はどこにもなかった。その事に落胆するフィーネ。レオンは気分を変えるようにフィンへと視線を向けて合図をした。──と同時にフィンの顔が程歪む。

 彼はフィーネと馴れ合うつもりがないようだ。レオンは咎めようとして彼の名前を口に出そうとした。その刹那、これでもかと言う程フィンの顔が歪む。
 
 「っグッッシュン!!」

 盛大なくしゃみをしたフィン。

 「俺、どっかの馬鹿と違って繊細だから、風邪ひきやすいんだよね。」

 自分とは違いビクともしていないシュジャに向けて、フィンは捨て台詞のように言った。しかし、シュジャは首を傾げる。

 「大丈夫か? それで、それは何処の馬鹿なのだ。風邪をひかんとは強い身体であるな。」

 寧ろ感心したように返事をしていた。

 「何なのボンボン。あんたの事言ってんだけど、分かってて自画自賛してんの? マジでボンボン"様"だよね。」
 
 「なんと余の事であったか! フィンが余を褒めるとは嬉しい事だ。」

 「……脳ミソで花でも育ててんの?! どうしたらそうなる訳?! まさか分かっててやっグッゲホッゴホッゴホッ!」

 勢い余って咳き込むフィンへ、レオンが駆け寄った。「熱が出てきているね。やむを得ない。ここは私が回復をしよう。」とフィンの背を擦りながら言うレオン。
 
 「早まるでない!」と、慌てるシュジャ。

 「俺はまだ死ねない……! やるべき事が、あるのに……こんな所で……。」と、悲壮感漂わせるフィン。

 妙に清々しい笑みを浮かべたレオンはフィンへ手をかざすが、シュジャによって素早く羽交い締めにされた。

 「何をするのだシュジャ。フィンが苦しがっているのを放っておくのか。このままでは死の病にも罹患しやすいのだぞ。」

 至って真面目にシュジャを批判するレオンとは逆に、フィンは咳き込みながらもシュジャに向けて祈りのポーズを捧げていた。仲が悪そうに見えて案外そうじゃないらしい、とフィーネは心の中で呟く。

 「よもや、貴殿は余を爆発させた事を忘れたのではあるまいな?! 余が相手でなかったら死人がてでいたかもしれんのだぞ?!」

 爆発、と聞いてフィーネはレオンをじっと見詰めた。苦手なところもセインのようだ。そのことに驚いていた。

 「ああ、覚えているよ。丁度二年前だったか。懐かしいね。でも、あの後百回に一回くらいは回復出来ていた……という夢を見た。」

 「夢は深層心理だぞ。貴殿のそれはただの願望だ。真実だとしても九十九の犠牲は確実ではないか。駄目だ。」

 「……今のはボケをしてみただけなのだが通じなかったか。フィン、巫山戯ている間に一番近くの治癒士に要請を出しておいたよ。それまで耐えてくれ。」

 いつの間に?、と首を傾げるフィーネだが、他の二人にとっては慣れたものらしい。

 「あ~もう、ごホッ! ……いいよ。治癒士来るまで苦しいのは我慢するから 、先に寝させてもらう。」

 「すまない。」

 「あ、あの、治癒魔法、私がやりましょうか?」

 遂に。意を決した表情でおずおずと右手を挙げたフィーネに三人の視線が集まる。

 「……あんたがぁ? 出来んの?」

 信じられない、という反応をするのはフィン。

 「君に魔力があるのは感じていたけれど……成程。是非やってみてくれないか。」

 「ちょ、レオン?! 俺を実験台にでもするつもり?」

 警戒心の欠けらも無いように言うレオンに対して、フィンは信じられないものを見る顔付きだ。レオンは真剣な顔でフィンと視線を合わせた。

 「私と彼女。どちらの治癒を受けたいか、選べ。」

 「……コイツ。」

 フィンはフィーネへ指を向けた。

 「コイツとは私の事かな?」

 レオンは指の向かう先を無視して、はて、と首を傾げる。

 「ちゃんと指さしてんじゃん! この女だよ!」

 フィンは腕を振り回すようにして指先をフィーネに向けた。

 「この女とは余のことか?」

 返事をしたのはシュジャだ。

 「なんでだよ?! どこにあんたの要素があった?!」

 「いやはや確かに、余の髪は長め故、間違うのも無理はない。」

 「初対面じゃないのに間違うわけないんだけど?!」

 一層声を荒げたせいか、フィンは大きく咳き込んだ後、恨めしそうな声色で唸る。

 「病人で遊ばないでくれる?? ちょっと、あんた! さっさと治してくれない?!」

 「あんたとは……」とレオンが手をあげようとするがそれに被せてフィンが「もういいからぁ!」と叫んでとめた。

 すると今度はシュジャから「では、あんたとは……」と声が上がるも、フィンは素早く「俺が元気になったら覚えておけよ!」と声を上げた。

 ぜー、はー、ぜー、はー。

 フィンの荒い呼吸が響く。彼はそのままソファに倒れんだ。

 「フィンには悪いけれど、こうする必要があったんだよ。」

 それにしては楽しそうにしてたけど、と言う呟きを飲み込んだフィーネは「そう。」とだけ返した。

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