紫苑の宝玉 亡国王女と勿忘草

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第二章 寂れた村の正体

パラレル感覚

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 「ここ、どこよ。」

 フィーネは森の中に立っていた。真顔で一人ポツンと立っていた。しかし彼女にはここまで来た覚えが一切ない。

 「確か……皆で話してて、多分気絶して……?」

 頭がパンクしそうになって、気が遠くなったことは覚えていた。フィーネは自分の記憶を辿ったが、記憶喪失ではないことは確かだ。

 「夢。」

 きっとそうだ。夢に違いない。そう思うものの、肌にあたる冷たい空気はやけにリアルに感じる。

 フィーネは恐る恐る自分の両頬を抓った。

 「痛いわ……。」

 夢であれと思い込みたい気持ちとは裏腹に現実が突き刺さる。

 「嘘でしょう……? セイン? セイン! 何処にいるの、セイン……。」

 彼なら何とかしてくれる気がして、フィーネは縋るようにセインの名前を呟いた。いるはずがないだろうと思いつつ、それでもセインならきっと助けに来てくれると思ってしまうのだ。

 「どうすればいいの。」

 深いため息が零れた。

 近くの木にもたれかかったフィーネはそのまま崩れ落ちるように座り込んだ。そのまま膝を抱え込む。迷子になったら動かないのが一番である。最も、現状を迷子という言葉で片付けられるものかは別であるが。

 どうすることも出来ず、ただ静かに時間が流れていった。

 どのくらい経っただろうか。フィーネは眠ってしまっていた。近付く誰かの足音にも気が付かない。フィーネの静寂を壊すように葉を踏み、足音は彼女へと向かっていた。まるで彼女がそこにいると分かっているかのように道を逸れることなく、その足音の主は導かれるようにやって来る。

 「その髪色……。」

 足音の主は紺色のマントを着ていて顔は分からないが、声からして男だろう。彼はフィーネを横抱きにして持ち上げると来た道を戻って行った。

 暫くして辿り着いたのは一件の小屋だ。彼が扉を開けると、彼と同じ装いの二人がリビングで大きな地図を開いて話し合っていた。そのうちの一人が彼の帰宅に気付く。

 「帰って来てたんだね、レオン。熱中しすぎて気付かなかったや。で、何、人攫いでもしてきたの?」

 レオンと呼ばれた彼は仲間の声掛けに答えず、フィーネをソファの上にそっと下ろした。その後にあからさまな溜め息を吐いて、声を掛けてきた青年を睨む。

 「口を慎め、フィン。」

 「ちぇっ! ほんの冗談なのにさ~。……それで? 結局この女は何なわけ?」

 フィンと呼ばれた者も声からすると男のようだ。フィンはソファで眠るフィーネに近付いてジロジロと眺める。

 「女? おい、フィン。ジロジロ見ていては失礼にあたるぞ。」

 フィンへと声を掛けたのは、机の上で地図と睨み合っていたもう一人だった。彼もまた男の声だ。

 「うっさいわボンボン。てか何? 身分高いとフェミニストになるわけ? 恐れ入りますぅ~。」

 明らかに見下す様な口調でフィンが言うと、ボンボンと呼ばれた彼は声を荒らげる。「それは人それぞれだろう。」と言うレオンの呟きは誰も聞いていなかった。

 「ボンボンと言うでない! そう言うくらいなら、様をつけるのが礼儀であろう!」

 「はーい、ボンボン様~。」

 面倒くさそうに返事をするフィン。しかし、ボンボン様と呼ばれた彼は首を縦に振って頷いた。

 「うむ。分かれば良い。」

 「なんと言うか、本当にそれで良いのか?」

 何とも言い難い声色でレオンは二人を眺める。

 「ぅ……ぅ。ん?」

 「あ、ボンボン様がうっさいから、コイツ目ぇ覚めたわ。」

 「な"っ?!」

 フィンはフィーネから距離を置き、壁に寄りかかって腕を組む。警戒しているらしい。

 起きたばかりのフィーネは焦った様子でキョロキョロと辺りを見回していた。そして紺色のマントを着た三人の姿に身を縮める。

 「君、森の奥で寝ていたのだけど、覚えているか?」

 できるだけ優しい声でレオンが問う。

 フィーネはその声を知っていた。

 「え、セイン? セインでしょう? ああ……私、やっぱり夢見てたのね! 良かった!」

 普段やっているように、フィーネは目の前の人物に抱きつこうとした。しかし、瞬時に腕を掴まれて拘束される。

 「黙れ女。このお方に近付くな。」

 離れていたところにいたはずのフィンが、フィーネの腕を彼女の後ろへと回していた。フィーネは身動きが取れない。

 「何するのよ! 痛いじゃない! 離して!」

 「黙れって言ったよね。ねぇレオン、コイツ殺しちゃおう。あの人の髪色と似てることに腹が立つし。」

 殺す。その言葉にフィーネは固まった。刃物の擦れる微かな音がしたのだ。自分の背中、それも心臓の位置に押し付けられている物。フィーネはそれを悟った。

 「よせ、フィン。離すんだ。」

 ハッと意識を戻した様子の後、レオンは慌てて言った。

 「あんたがそんなんだから……そんなんだから! 俺の姉さんも母さんも死んだんじゃないか!」

 「おい! 口が過ぎるぞ!」

 静観していたボンボンまでも声を荒らげて、足音を立てながらフィンへと近付くとその勢いのまま彼の胸ぐらを掴んだ。押されるようにしてフィンと離されたフィーネは、弾かれてソファに転がる。

 「シュジャ、君も落ち着け!」

 彼の声は届かない。ボンボン──改めシュジャもフィンに胸ぐらを掴まれて、お互い睨み合いながら口論を始めていた。

 レオンは放心するフィーネをソファから下ろして自分の元に寄せると、言い合いをする彼らに向けて手をかざした。すると彼らの頭上にバケツが現れるが、言い合いに夢中になっていて気が付いていない。

 レオンはかざした手を握る。
 
 「あ。」

 思わず零れたフィーネの声と共にバケツは傾き、中から水が溢れ出ていた。

 ザバァッ、カラン、コロン、と盛大な水音と何か小さく固いものが落ちる音。水しぶきが大きく飛び散っていた。もちろんレオンと、彼に守られていたフィーネだけは助かっている。言い合う声はピタリと止んだ。

 足元には幾つもの透明な塊。それを見たフィーネはフィンとシュジャに同情し、信じられないと言いたげな目でレオンを見遣っていた。

 「これで頭が冷えただろう。全く……私たちが争っている場合ではないというのに。」

 言葉通り、物理的に頭が冷えたフィンとシュジャはゆっくりとレオンの方へ視線を向ける。

 「わざわざ氷水使わなくてもいいじゃん……。さっむいわ! 風邪ひく!」

 クシュン、とフィンのくしゃみが鳴る。

 「よりによって……回復要員がいない時になんと言うことを……。服まで浸透しているではないか。」

 そう言って紺色のフードを後ろへと避けて、シュジャは髪をかきあげた。

 「え。」

 フードに隠された素顔は、フィーネがよく知る者だった。

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