紫苑の宝玉 亡国王女と勿忘草

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第一章 亡き王妃との約束

目覚め

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 フィーネは、マグノリアとの夢から覚めて記憶が曖昧だった。酷い痛みが身体中を巡っていたのは、なんとなく覚えている。けれど、その痛みもわりかしすぐに感じなくなって、眠くて、眠くて、眠くて仕方がなかった。長い長い夢を見ていた気がする。

 ベッドから起き上がろうにも全くと言って良い程力が入らない。声も出ない。掠れた音が喉を突き抜けるだけだった。

 コンコンッ。

 扉を叩く音がして体が強ばるが、どうにか音の方に顔を向ける。

 「セインだ。入るよ。」

 セインだ。そう分かると、フィーネは安堵した。

 「ああ、起きたんだね。良かった。顔色も良い。」

 セインはお膳を乗せたカートを押しながら部屋へと入った。そして、フィーネを視界に入れると同時に息を飲んだ。が、瞬時に気を取り戻した。

 「水と、粥を持ってきた。起き上がれるか?」

 フィーネはぼーっとする頭を左右に小さく動かして否定を表す。

 「三日間も眠っていたんだ。無理もない。」

 返事があった事に安堵したセインは小さく笑み、フィーネの傍に立った。押してきたカートはベットのすぐ横のへと近付ける。

 「お腹も空いているだろうし、ご飯を食べて体力を回復しないとな。少し身体を挙げるよ。」

 セインはそう言って優しくフィーネを抱き起こすと、彼女の背に大きな枕を添えた。少し斜めの椅子に座っているような姿勢である。

 「目眩や気持ち悪さはあるか?」

 フィーネはセインと目を合わせて首を振る。起きたことで段々頭が明瞭になってきていた。

 「……やっぱり声が出ないんだな。」

 やっぱり。という言葉に、フィーネは首を傾げる。

 「魘されたりもしていたからね。喉も乾いて上手く喋れないだろうと思っていた。」

 自覚はないけれどそんなに魘されていたのね。とフィーネは納得した。

 ベッドの傍には小さな椅子が用意してあり、セインはそれに座った。そしてカートの上から布ナプキンを取り、フィーネの胸元へとかける。

 まさか。とフィーネは察してしまった。

 「フィーネ。どうぞ。」

 まずは水からだった。蓋付きのコップにストローが刺さっており、飲みやすさい様になっている。フィーネは、これくらいなら、と口をつけた。ゴクッゴクッ、と音を立てて、水は喉を通り過ぎていく。ほんのり甘みがあって美味しい水だ。この調子なら、食べ物も食べれそうである。

 セインはコップをお膳に戻して粥の器を持った。小さめのスプーンで粥をすくうと、フィーネに近付ける。

 「さあ、フィーネ。口を開けて。」

 ぶんぶん、と勢いよく首を振るフィーネ。腕の感覚に慣れてきたこともあり、セインの腕を押し返す。もちろん力負けをした。

 「ほら、一人で食べるには力が足りないだろう?」

 キラキラと眩い笑みを浮かべたセインに、フィーネは思う。絶対にからかってるわ、と。
 セインがこういった過度な笑みを浮かべるのは何か故意があるからだとフィーネはわかっていた。フィーネは食べさせてもらうのも恥ずかしいし、セインの顔が整っているから恥ずかしいと思う。

 段々と口元に迫り来るスプーンにますます顔が赤面していた。

 動揺を隠せないまま目線に困り何となく扉に目を向けたフィーネは、恐ろしいものを見たかのように蒼白になった。

 セインはその様子に直ぐに気付き、彼女の視線の先を追う。
振り返ってみると、少し開いた扉から覗く四つの目と視線が交わった。

 扉の奥の犯人の一人から「あ"っ。」と潰れたような声が漏れる。ヤバい、死ぬかも。犯人は死を覚悟した。「ああやって目線で人を殺せるんですね。」と、もう一人の犯人は悟りを開いた。

 パタン。ゆっくりと、静かに、恐る恐る、音を立てて扉は閉まる。

 何だったのよ。と、思うのはフィーネの心境である。フィーネの脳裏にはホラーとして残った。

 「少し用事が出来た。すまないけれど、一人で食べれるか?」

 セインは残念そうだったが、フィーネは全力で首を縦に振った。決して、残念だとか思って……ないことも無い。

 セインから食器を受け取ると、あれ?と、フィーネは思う。食器も、スプーンも全然重みを感じない。これなら食べるのも疲れにくいだろう。席を立ったセインの顔を見上げると、ばれたか、というしたり顔でセインは片目を瞑りウィンクして見せた。

 フィーネが思った通り、セインにからかわれていたようだ。食器類は全て軽い物で用意してくれていた。戻っていた顔色は再び赤み帯びていた。口を尖らせるフィーネの頭を、セインは優しく撫でてから「用事が済み次第直ぐに帰ってくる。」と言って彼女の傍を離れた。

 残されたフィーネは暫く放心した後に顔を真っ赤にして「ぉ、んなったらし!」と叫んだ。

 「あれ?」

 呆気なく声が出た。私って、こんな声だったっけ。という違和感を感じるが、やや掠れている程度で、喉はもう大丈夫だろう。

 不貞腐れた声で「女ったらし。」と、もう一度言い放ったフィーネは無言で粥を食べ進めたフィーネ。粥の塩加減が絶妙だった。

 量も少なかったこともあって直ぐに食べ終えたが、以前より胃が小さくなったらしくもう満腹である。

 ふう、と一息ついてからフィーネは思考に耽ける。

 そういえば三日間眠っていたと、セインは言っていた。つまりその間に入浴もろくに出来ていないという事になる。

 フィーネは食べ終わった食器をお膳に置いて、自分の身体を匂った。スンスン、と鼻を鳴らす。心配していたような臭いもなく、逆に、仄かに甘い花の匂いがした。入浴剤のような匂いだ。

 着ているネグリジェも、記憶の中の物とは違っている。

 「……セインが?」

 再再度、フィーネの顔は赤面した。

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