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第一章 亡き王妃との約束
変化の代償
しおりを挟むまだ外が薄暗い夜明け前、夢から目覚めたフィーネを襲ったのは激しい苦痛だった。全身を骨折をしたかのような激痛がはしる。悲鳴に近い呻き声が零れ、それは隣の部屋にいたセインにも届いていた。
「フィーネ!フィーネっ!」
ドンッ!ドンッドンッ!
セインは扉を叩いて彼女の名前を叫ぶように呼ぶ。
しかし、聞こえるのは苦痛な声だけ。屋敷に侵入したらセインには分かるようになっている上、彼女以外部屋にいる気配はない。
だから無理やり入ることはしなかったが、淑女の部屋だと言えどもこの緊急事態。やむを得ない、と決意した。
バンッ!と、大きな音を立てて扉が開けられる。
「フィーネ!!」
セインが勢いよく部屋に飛び込めば、フィーネはベットの上で悶え苦しんでいた。部屋に変わった様子はなく、問題はフィーネ自身だった。
彼女の赤い髪が徐々にミルクティーブラウンに染まっていく。フィーネの顔は髪の毛に隠れて見えなかった。
「ぁぁ゛っ!!!!ぃ、だィ…ぃ!!ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!!!!」
フィーネは泣いている。苦しんで、泣いている。顔は見えなくてもセインはそう思った。
「っごめん。フィーネ。フィーネ……。」
何への謝罪か。セインに問うものはいない。
ベットに乗りあがったセインは、抱えるようにしてフィーネを抱き締める。フィーネはそんな事に構う余裕もなく、ひたすら叫び続けていた。
「大丈夫。私がいる。ゆっくりお休み。」
そう言ったセインとフィーネを薄紫色の暖かな光が包んでいく。
こうして三日三晩。フィーネは眠り続けた。その間にもう激痛で悶え苦しむことは無かった。三日間で治癒士が数人入れ替わりできたが、彼等にもどうもすることが出来ず、何も出来ないまま帰って行く。
──三日目。
「もう三日間も眠りっぱなしだな。痛みで苦しむのも可哀想だけど、こうも眠ってると衰弱するぞ。」
応接室でセインと向かい合ってソファに座る金髪の男は、そう言って紅茶を口に運んだ。その斜め後ろには目を閉じて彼の従者が控えている。
セインの友人とその従者がやって来たのは、フィーネが眠って直ぐの事だった。その後彼らはセインとフィーネの状態を心配してこの屋敷で寝泊まりをしている。治癒士を連れてきたのも彼らだった。
「分かっている、それくらい。」
セインは弱々しい笑みを浮かべて返す。それはまるで自嘲しているように見える。男はそんなセインの様子を見てから紅色の瞳を細め、さらに口を開いた。
「あの娘の器、フィオラじゃなくなってたな。姿だけだけど。」
「サウト。」
剣呑な面向きで、男の名を呼び制したセイン。サウトと呼ばれた男は思惑顔をした後、ニカッと笑った。
「姿がどうであれ、身体に流れる血は同じ。結局のとこ半分は俺と同じ血が流れてるだろ? つまり、可愛い妹って訳だ。」
身体のことだけを考えれば、サウトは、フィオラの義兄だった。
「あれだけフィオラの不満を垂れ流していた奴がよく言うよ。」
呆れ声でセインは言う。しかしサウトは気分を損なった様子はない。
彼らは伊達に長い付き合いをしていないのだ。多くの苦楽を共にしてきた友人である。それもあって、お互いの感情を理解し合っていた。
「だからこそ、ってヤツさ。やっと普通に兄妹が出来るかもしれないって思ったら、嬉しいのなんのって。」
顔を綻ばせてワクワクしているのがとても伝わってくる。サウトの境遇や気持ちを知っているセインは押し黙った。
「って訳で、しっかり愛でさせてくれ。お義弟くん、はぁと。」
ニヨニヨと締りのない顔でサウトがセインをからかうように言った。
その瞬間、サウトの視界は反転した。
「うっわ吃驚した。そして地味に痛いんだけど。」
文字通り反転していた。頭と足が逆位置になり、ソファに雪崩ていたのである。
「セインってば有り余ってるからっていっつも変な事に魔力使うんだからも~。」
サウトはこうやって乱雑に扱われる事に慣れているようだった。何を言われてもセインは素知らぬ顔で紅茶を飲んでいる。
「でさぁ、何で俺の従者くんは助けてくれないんだ?」
反転した状態のままサウトがソファの斜め後ろに立つ従者に言う。しかし、従者は何も言わず目を瞑って微動だにしない。
「え、おーい。もしもーし?」と、サウトは崩れた姿勢のまま従者に声をかけ続けていた。
セインはティーカップをそっと置くと、口を開く。
「そういえばずっと寝ているな、ロドリゴ。」
「……ずっと?え、ずっと?いつから?」
助けがないことを知り、サウトは自分の力で姿勢を正してソファに腰掛け直した。
「彼が今いる位置にたった瞬間だよ。」
「最初からかよ! またか! いっつも立って寝んなよ!」
ガガーン。と、背後に稲妻が走ったようにサウトは頭を抱えた。
「ほんっとにお前というヤツは……。セインの前だと俺の護衛を丸投げするよなぁ。」
人差し指でつんつんと自身の従者を突くサウト。刹那、目を瞑ったままの従者ロドリゴの口が動く。
「ここはセイン様の随意領域ですからね。張り巡らされた高濃度魔力はまさに要塞の砦。普段の高貴さも含めて、このロドリゴ、深く尊敬しておりますので。」
つまり、安心出来る場所である。
「……お前いつから起きてた、ロドリゴ。」
従者ロドリゴが喋ったことに驚き、ソファの端へと一度は後ずさったサウトだったが、直ぐに元のソファの位置に座り直す。
「私にとっても、一応、妹のような者ですからね。話は夢現にでも聞いていましたよ。」
細い目を開いたロドリゴは、ニッコリと笑みを浮かべた。サウトは「それとこれとは話が違うぞ!」とロドリゴと(殆ど一方的な)口論を始める。
キトラー家は複雑だな。と、セインはそれを眺めた。騒がしい主従だが、そうやっていつも、セインは励まされている。
チリン。
ふと、セインの頭の中で鈴の音が鳴った。
「フィーネが起きた!」
セインはソファから急ぎ立つと扉へと一目散に駆けた。
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